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  胸郭出口症候群

 

第1.胸郭出口症候群

1.定義・概念
胸郭出口における神経や血管の圧迫に基づく一連の症候群を胸郭出口症候群という。
胸郭出口は第1肋骨・鎖骨・前斜角筋などによって構成され,この部を通る鎖骨下動・静脈や腕神経叢由来神経が圧迫されることがある。頚肋のあるとき,特に本症候群が発生しやすい。
症状として,上肢のしびれ,疼痛,易疲労性があり,上肢の過外転によって症状が誘発される。

本症は,首が長く,なで肩の女性に多い(男性の2~3倍)。20歳代にピークがある。

2.原因・症状
【原因】
胸郭出口に存在する腕神経叢,鎖骨下動脈,鎖骨下静脈が,頚肋,斜角筋群,鎖骨下筋,鎖骨,第1肋骨により圧迫されることにより生じる。
頚肋,斜角筋群による圧迫では鎖骨下静脈までは圧迫されないが,鎖骨下筋,第1肋骨と鎖骨による圧迫では,鎖骨下静脈まで圧迫される,と説明されている。
【症状】
手指・腕のしびれや熱・冷感,脱力感,頚部・肩・肩甲間部・前胸部のうずくような痛みが生じる。鎖骨下動脈が肋鎖間隙あるいは前・中斜角筋間で圧迫されると,上肢に阻血が起こり腕は蒼白となり,痛みが生じる。鎖骨下動脈が圧迫されると手・腕はチアノーゼ様になり重苦感を生じる。

3.診断
①Morley test(斜角筋三角部での圧迫,放散痛があれば陽性),Adson test,Eden test,Halstead test,Wright test,Allen test(頭骨動脈の消失すれば陽性),Roos3分間挙上負荷試験(疼痛やしびれ,だるさなどが出現すれば陽性)
②指尖脈波(①テストを行った際の脈波の低下や消失の状態を検査)
③サーモグラフィ(冷負荷を行い,①テストの肢位を保持させ,皮膚温の回復状態を調べる。Roos3分間挙上負荷試験では,試験前後の皮膚温の差を検討する)
④血管造影
⑤肋鎖間隙撮影(第1肋骨と鎖骨との間隙の狭小化や,第1肋骨の形態変化をみる)

4.治療
・保存療法
・観血的療法
 頚肋切除術,斜角筋切断術,第1肋骨切除術など

第2.交通事故損害賠償における争点

⑴ 交通事故との因果関係
⑵ 素因、心因性減額
が争点とされることが多い。

【参考判例】
①最高裁 平成8年10月29日判決
②大阪地裁 平成4年6月18日判決
③大分地裁 平成3年8月30日判決
④大阪高裁 平成12年7月13日判決
⑤福岡地裁 平成12年3月17日判決
⑥札幌地裁 平成13年7月17日判決
⑦東京地裁 平成16年3月23日判決 

【①最高裁 平成8年10月29日判決(首なが判決)】

 [被害者]
 30歳女性

 [後遺障害等級]
 併合8級(胸郭出口症候群につき、12級)

 [労働能力喪失率及び喪失期間]
 45%・10年間

<概要>

30歳主婦兼家業手伝いが乗用車運転中追突され、胸郭出口症候群、バレリュー症候群等から併合8級後遺障害を残した事案(バレリュー症候群の疾患は9級、左胸郭出口症候群の疾患は12級、左肩拘縮の疾患は12級、眼症状は2級で併合8級と認定)。

第1審、第2審は、首が長いことを身体的素因とし、過失相殺の類推適用で4割の素因減額を適用したが(労働能力喪失率45%、喪失期間10年と判断)、最高裁は通常の体質と異なる特徴を有していても、賠償額を定めるに当たり斟酌することはできないと判示し、高裁に差し戻した。

<判旨>
「被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の能様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができることは、当裁判所の判例(最高裁昭和63年オ第1094号平成4年6月25日第一小法廷判決・民集46巻4号400頁)とするところである。

しかしながら、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。

ただし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。

これを本件についてみるに、上告人の身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないから、前記特段の事情が存するということはできず、右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合して上告人の右傷害が発生し、又は右身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でない。」

【②大阪地裁 平成4年6月18日判決】

 [被害者]
 45歳男子

 [後遺障害等級]
 12級

 [労働能力喪失率及び喪失期間]
 22年間 14%

<概要>

外傷性頸椎症、腰部捻挫、両上肢不全麻痺及び胸郭出口症候群等の傷害で12級12号相当の後遺障害を残す45歳男子、タクシー運転手兼アルバイト収入を得る者の事案で、センサス男子同年齢平均を基礎に22年間14%の喪失率で逸失利益を認めた事例。

判決の詳細は明らかではないが、右上肢はほぼ機能不全であったものの、その医学的機序ないし他覚的所見が認定されず、因果関係が否定されたものと考えられる。

<判旨>

「(事故日時 昭和60年10月26日午前0時ころ)

反訴原告は、本件事故により、外傷性頸椎症、腰部捻挫、両上肢不全麻痺及び胸郭出口症候群等の傷害を負い、左記の入通院をしたが、昭和62年10月8日、大阪市立城北市民病院(以下「城北市民病院」という。)において、頭痛、頸背部痛、左上肢機能完全不能、病的反射出現、左上肢全体知覚鈍麻、左三角筋、同上腕二頭筋、同三頭筋及び前腕筋の各筋力喪失の各後遺障害につき症状固定の診断を受けた。」

「その後、反訴原告は、右上肢の症状が悪化し、左記の入通院をしたが、昭和63年11月2日、城北市民病院において、右上肢機能不能に近い、頭痛、頸部痛、背部痛、握力喪失、右尺骨神経領域知覚鈍麻の各後遺障害につき、症状固定の診断を受けた。」

「前記認定のとおり、本件事故と相当因果関係のある後遺障害の内容・程度に照らせば、経験則上、反訴原告は、症状固定時において、その労働能力を14パーセント減殺されていたものと認めるのが相当である」

【③大分地裁 平成3年8月30日判決】

 [被害者]
 36歳女子

 [後遺障害等級]
 12級

 [労働能力喪失率及び喪失期間]
 14%・67歳まで

 [素因減額]
 50%

<概要>

主婦の傍ら20年来美容師として稼働する36歳女子が頸椎捻挫等を受傷後に、外傷性胸郭出口症候群と診断され、12級相当を請求する事案(機能障害または神経症状)で、右症状は手を上げる職種に多く発症する一種の「職業病」的なものであること、第1肋骨切除術後の斜角筋部での癒着も後遺障害の原因となっていることから、本件事故との寄与度を5割と認めた事例。

被告は、事故当初に「約1週間の通院加療」、事故から約4か月後には「当院は治癒」となるとの診断がなされたことから、後遺障害と事故との因果関係も争った。

<判旨>

<相当因果関係についての判断>

「(事故日時 昭和61年1月9日午前10時30分ころ、)

証拠(略)によれば、本件事故の態様は、時速約20㌔㍍で走行する原告の原付の後輪に、時速約15㌔㍍で走行する被告の原付の前輪が左側からほぼ直角に衝突したものであり、この事故により原告は、衝突地点から約4・3㍍走行したところで左側に倒れ、左肩及び左腕付近を直接道路に打ちつける形で転倒した」

「原告は、本件事故直後に大分中村病院で、左手打撲擦過傷、左肩打撲により約1週間の通院加療を要するとの診断を受け、…(昭和61年)5月20日、同病院の医師から「当院は治癒となる」との診断を受けた」

「しかしその後も、原告は、左肩や左上腕から左手指にかけてのしびれや疼痛に悩まされたことから、大分赤十字病院において診察を受けたところ、外傷性頸部症候群により反射性、二次性に胸郭出口症候群を生じたとして、外傷性胸郭出口症候群の傷病名により、…2度入院し、その間…2回に亘り左胸郭出口部分の外科的手術を受けた」

「多くの場合、頚椎を捻挫してこれが長引く場合は、頸椎の椎間板に障害を残す頸椎・椎間板ヘルニアと胸郭出口症候群との2通りの疾患が考えられるが、二次性(外傷性)に生じて、しびれ等の神経症状を残すのは、前者でなく後者の場合が殆どである」

「外傷性頸部症候群から二次性(外傷性)胸郭出口症候群が生じる臨床例は、交通事故に関連して多く見られるものの、その発生機序は判然とせず、症状は手のしびれや脱力感が代表的なものである」

「本件事故の態様が原告車の後輪に対して被告車が左側からほぼ直角の形で衝突したというものであるから、原告は、左後ろ側面に加重を受けて、その衝撃により左側に転倒したものであり、このような衝突と転倒の形態及び前認定の双方のスピードからすれば、当然その頸椎部にも異常な荷重を受けて頸椎捻挫の傷害を負ったであろうし、その部分に何らかの障害が残ったとしても不思議ではない。さらに、原告は、左肩及び左腕付近を直接路面に打ちつける形で転倒しているのであるから、左肩及び左腕全体に何らかの障害を残したとしても、これまた不自然とは言えない。確かに、大分中村病院や大分中央外科病院の各診断に照らして見る限り、原告の受傷は、通院加療か若しくは短期の入通院でも治癒可能な程度の傷害であったと言えなくはないし、従って、本件事故と前認定の後遺障害との間に相当因果関係はないと言えるかもしれない。しかしながら、原告は、右両病院の治療を受けた後も、依然として左肩や左上腕から左手指にかけてのしびれや疼痛に悩まされていたことは明らかであるから、本件事故以外にその原因が他に明確に存在し、かつそれが唯一の原因であることを立証しない限り、右両病院の各診断のみをもっては、本件事故と前認定の後遺障害との間の相当因果関係を全面的に否定することはできないというべきである。従って、本件事故による原告の後遺障害は、前認定の昭和62年9月29日時点における他覚症状にみられる症状を措いて他になく、症状固定日も右同日とするのに何ら不合理な点はないというべきであるから、これを後遺障害別等級表に照らして考えると、一応12級の6号又は12号に該当するものと解するのが相当である。」

<素因減額について>

「この疾患は、ピアノを弾くなどの手を上げて行う動作を継続したり、或いは、コンピーターやパソコンの仕事とか、キーパンチャーや電話交換手などの手を使う職業によって誘発されやすく、若い女性や中年の女性に比較的多く見られるが、同じ仕事をした人でも罹患する人としない人があること、原告は、中学卒業以来約20年近くにわたって美容師の仕事に従事してきたものであるが、一般的に言って、美容師の仕事も右疾患を誘発する職業の一形態である」

「原告の胸郭出口症候群が、外傷性、二次性に生じたとはいっても、本件事故前約20年近くにわたって原告が従事していた美容師の仕事と全く無関係と言えるかどうかが問題となる。しかし、この点については、本件全証拠によっても、肯定否定いずれの資料もこれを見出すことはできないのである。さらに、原告には、前認定の後遺障害の内容である他覚症状が認められるが、これらの後遺障害は、総合的にいえば、左腕神経叢不全麻痺の状態であり、その原因の一部には、第1肋骨切除という手術後の前、中斜角筋部での癒着があり、再度癒着剥離などの手術を行わない限り、原告の愁訴の改善は望めないというのである。そうだとすると、昭和62年9月29日時点で発現している後遺障害の全部を本件事故に係らしめるということは相当でないというべく、むしろ、前認定の原告の治療経過に鑑みて、右後遺障害は、本件事故に起因して発症している部分のほかに、美容師の仕事に関係して発症している部分と、第1肋骨切除の手術に関連して現に残存している部分(手術後の前・中斜角筋部での癒着がその原因の一部をなしている、と認定されている)とによって組成された複合的な病態と考えるのが相当である。そして、本件事案の内容や事故態様、治療経過、後遺症の部位、程度、原告の職業や年齢性別その他諸般の事情を斟酌すると、昭和62年9月29日現在の後遺障害のうち、本件事故がその発症に寄与している割合は、50%であると解するのが相当である。」

【⑤大阪高裁 平成12年7月13日判決】

 [被害者]
 30歳男子

 [後遺障害等級]
 12級

 [労働能力喪失率及び喪失期間]
 14%・10年間

 [素因減額]
 5割

<判旨>

「大阪市立大学医学部整形外科教授山野慶樹医師は、第一審原告を診察して、頚椎運動(自動)前屈40度・後屈35度、頚椎軸圧痛なし、スパーリングテスト左右共圧迫による疼痛なし、右頚部僧帽筋上部筋繊維・肩甲部に圧痛あり、腕神経叢部には左右とも圧痛なし、右上腕内側部の叩打で右肩に痛みがひびく、右前腕屈筋筋腹に叩打痛あり、右手根管部に叩打痛なし、両上肢関節には肩関節を含め他動運動制限は認めない、筋肉について右僧帽筋上部筋繊維にわずかの萎縮あり等の診察所見を得、右頚部肩甲部痛については、受傷直後からみられ、現在も訴えており、外傷性頚部症候群によるもので、受傷後暫くして外傷性頚部症候群に伴いやすいバレーリュウ症候群様の症状があったこと、右僧帽筋の筋電図では脱神経電位ははっきりしないが、異常所見が見られたこと、やや萎縮していることから、これが残存していると考え、後遺障害は右頚部肩甲部に頑固な疼痛及び右上肢の知覚障害を残すものに該当すると鑑定した。

また、同教授は、第一審原告の右上肢自動運動障害について、「外傷性頚部症候群に伴いやすい胸郭出口症候群が出た可能性が考えられる。通常は外傷性頚部症候群の軽快と共に消退する。事実、第一審原告も一時期に比べよく回復したと述べている」と指摘している(山野鑑定)。

山野鑑定によれば、第一審原告の後遺障害は、右頚部肩甲部に頑固な疼痛及び右上肢の知覚障害を残すものに該当することが認められるから、12級12号に相当する障害というべきである。」

「前記認定の第一審原告の症状固定時(平成6年3月30日)の症状、後遺症の程

度、年齢、職業、症状の今後の見通しなどを総合考慮すると、第一審原告は後遺障

害により労働能力を14%喪失し、労働能力喪失期間は症状固定時から10年間と

するのが相当である。

前記認定のとおり第一審原告は333万9156円の年収が認められるからホフマン式により中間利息を控除すると逸失利益は357万0626円(円未満切捨)

となる。」

【⑥札幌地裁 平成13年7月17日判決】

 [被害者]
 19歳男子

 [労働能力喪失率及び喪失期間]
 60%・67歳まで(左上肢の用廃)

 [素因、心因性減額]
 20~50%

<概要>

普通貨物車を運転中の19歳男子専門学校生が乗用車に追突され、左上肢の用を廃した状態となったとする事案(事故日時 平成7年1月11日午前9時40分ころ)。

原告は、1上肢の用廃(5級)、頚から背部にかけての頑固な神経症状(12級)を主張(損害保険料率認定は14級10号)。

診断名はバレリュー症候群、胸郭出口症候群、高次脳機能障害等あり、検査でも器質的異常が認められていないが、「脳の機能に影響を与え完全に麻痺するに至った」と本件事故と左上肢麻痺の相当因果関係を認めた。

 1上肢の用を全廃した状態で、保険会社に入社年収200万円を得ていることでセンサス同学歴平均を基礎に「60%の労働能力を喪失した」と認めた。

 原告がパチンコをした際、左手でダイヤルを押さえ、両手でドル箱を持ち上げるのを目撃されるなど、「原告の素因、心因性、原告が左上肢を使用しなかったことが相当に影響」していると損害費目ごとに20~50%の減額を適用した(治療費、入院雑費20%、休業損害、入通院慰謝料30%、逸失利益、後遺症慰謝料50%)

<判旨>

<鑑定結果>

「原告は、本件訴訟において採用された鑑定のために、旭川医科大学医学部附属病院で、平成12年5月17日、同年6月14日、同年8月23日に、検査を受けた。その結果は次のとおりであった。(鑑定の結果、(証拠略))

まず、左上肢の状態は、肩甲帯以下が下垂した姿勢であり、上腕、前腕とも右上肢より細かった。左手掌は右よりやや紫がかった皮膚色調を呈し、わずかに浮腫状であったが、色調については左右差のない日もあった。

左上肢の神経学的所見は、

①知覚については、触覚低下領域を認めた。ただし、その領域は、特定の神経根、末梢神経に限局した分布パターンではなかった。痛覚低下領域があった。温覚低下は軽度であり、冷覚低下、振動覚低下はなかった。触覚閾値は若干上昇が認められた。総合的評価として、知覚障害があるが、軽度と診断された。

②運動については、左肩、左肘、左手関節、左手指運動は全く認められなかった。左手の握力は0㌔㌘であった。肩関節に他動的可動域制限があり、軽度の拘縮を認めた。肘関節、手関節、指関節には他動的可動域制限はなかった。

③反射については、腱反射は正常範囲内であり、病的反射は認められなかった。

④筋萎縮については、限局的萎縮はなく、筋萎縮は存在するものの程度としては軽度であった。

⑤ライトテストの結果は陽性であり、胸郭出口症候群と診断された。

画像及び検査所見は、単純X線、MRIは正常であり、頸髄や腕神経叢周辺に病変は認められなかった。筋電図も正常であり、筋の脱神経所見は認められなかった。神経伝導速度に遅延は認めなかった。末梢神経の運動神経成分については明らかな変性は存在しなかった。サーモグラフィでは皮膚温低下が見られた。体性感覚誘発電位検査では明らかな左右差はなかった。磁気刺激運動誘発電位検査では、明瞭な誘発筋電図が認められ、大脳運動野から筋に至る運動経路において重大な損傷はないと判断された。すなわち、随意的運動が全く見られない筋においても、末梢神経を電気刺激した場合、大脳運動野を磁気刺激した場合に、いずれも良好な筋収縮が認められ、明らかな神経断裂や変性を主体とする病変は認められなかった。」

<左上肢麻痺以外についての判断>

「まず、原告の現在の症状のうち左上肢の運動麻痺を除くもの、すなわち、頸部痛、背部痛、左上肢のしびれ、腫れ等の神経症状について、検討する。」

「胸郭出口症候群とは、上肢を支配する神経血管束が第一肋骨を床、鎖骨を天井とする胸郭出口で圧迫を受けて起こる疼痛又は感覚異常を主症状とする症候群であり、自覚症状は疼痛、しびれ、知覚鈍麻、筋力減弱、冷感・蒼白等の血管症状であるとされていること、一般的な発生因子として交通外傷があげられていることが認められる。

これらの事実に鑑定の結果を総合すると、原告は本件事故により頸部捻挫及び外傷性胸郭出口症候群の傷害を受け、この傷害を原因として、現在に至るまで頸部痛、背部痛、左腕のしびれ、腫れ等の症状が続いていることが認められる。」

「この後遺障害の程度は、前記(1)の認定事実によれば、局部に神経症状を残すものに相当すると認められる。」

<左上肢の運動麻痺についての判断>

「次に、原告の症状のうち、左上肢の運動麻痺について、検討する。」

「原告の左上肢の症状は、本件事故直後はなかったが、事故の約2日後から症状(左腕、左手の痛み、むくみ、しびれ)が発現し、その後は消失したこと、ところが、事故から約8か月経過したころから、左腕をまっすぐに挙げられない、しびれ感がある等の症状が現れ、症状は悪化し、事故から約1年経過した後(札医大病院で診察を受けたころ)には、挙上は不能となり、握力も低下したこと、さらに事故から2年を経過した平成9年3月21日ころ…には、左上肢は完全に麻痺し、全く動かなくなり、握力も0㌔㌘となったこと、その後症状に変化はないことが認められる。」

「そこで、左上肢の運動麻痺の原因を検討する。

前記(1)の認定事実(とくに、オ)及び鑑定の結果によれば、原告の筋電図は正常であり、大脳から左上肢に至る神経の伝達を障害するような所見は認められないし、その他の検査によっても、器質的な異常が認められるような所見は認められない。左腕神経叢麻痺を支持するような所見も、頸髄や腕神経叢周辺の病変も認められない。したがって、左上肢の運動麻痺の原因が、左上肢の神経に関する器質的な異常であるとは認められない。

原告は、左上肢の運動麻痺の原因を左胸郭出口症候群によるものと主張する。しかし、以上で述べたとおり、原告の左上肢には神経の伝達が切断あるいは障害されるような器質的な異常は認められないし、原告の前記(1)の認定事実(とくに、オ)及び証拠((略)、(鑑定の結果)によれば、胸郭出口症候群によっては、原告に見られるような左上肢の完全な運動麻痺の症状は発現しないことも認められる。したがって、左胸郭出口症候群が左腕の運動麻痺の原因であると認めることはできない。

左上肢の運動麻痺の原因等について、鑑定の結果によれば、鑑定人は、鑑定結果報告書において、傷病名を「高次脳機能障害」としたうえで、その原因を「上肢を運動するために意志(命令)を発動しても脳の運動野神経細胞にそれが伝わらないという、さらに高次の脳機能が障害されているとしか言いようがない。」と記載し、「これを心因性と呼ぶべきかどうかは言及できない。」とし、事故との因果関係については、「交通事故直後には現在のような顕著な運動麻痺は無かったことから、事故が契機となり、時間を経過してから運動麻痺の原因となる高次脳機能障害が二次的に発症したものと推察される。」とし、「このような二次的病態については何らかの本人の素因が関与しうる」としている。」

「原告の左上肢の運動麻痺は、本件事故の前には全くなかったところ、本件事故の直後には発現していなかったが(左上肢のしびれ、腫れ等の症状は発現していた。)、約8か月を経過したころに発現し、その後症状が悪化していったこと、平成9年3月21日ころには完全に麻痺したことは前記のとおりである。本件事故発生後に、原告が左上肢に影響を受けるような傷害等を負った事実は何ら認めることができない。原告の症状発現をもたらした要因としては、本件事故による傷害のほかには考えることが困難である。

これらを総合して考えると、本件事故を契機として、本件事故が原告の脳の機能に影響を与え、脳から運動の指示をすることが完全にはできなくなり、この症状が良くなったり、悪くなったりしながら、平成9年3月21日ころには、完全に麻痺するに至り、このような経過によって、原告の左上肢の運動麻痺が発現した、と推認される。したがって、原告の左上肢の運動麻痺の症状は、本件事故によるもの、すなわち、本件事故と因果関係があると認めるのが相当である。」

<素因、心因性等による減額>

「前示のとおり、原告の左上肢の運動麻痺という症状、後遺障害には、原告の素因あるいは心因性によるもの、さらに原告が左上肢を長期間にわたって使用していないことが相当に作用していることが認められる。そうすると、損害の公平な負担の観点から、被告が原告に対して損害賠償すべき金額の認定に当たって、この点を考慮し、損害額を減額すべきである。

ア 治療費 308万7820円

 原告に対する恒心堂整形外科医院、札幌医科大学医学部付属病院、北海道大学医

学部付属病院での治療は、左上肢の運動麻痺に関するものが含まれていることを考

慮して、20%を控除する。

イ 入院雑費 16万0160円

 アと同様に20%を控除する。

ウ 休業損害 378万2800円

 症状固定の日まで仕事ができなくなったのは、左上肢の運動麻痺による部分が影響していることを考慮して、30%を控除する。

エ 後遺障害による逸失利益 2891万5178円

 後遺障害のうち左上肢の運動麻痺については、原告の素因あるいは心因性によるものが影響しているから、50%を控除する。

オ 入通院慰謝料 175万円

 ウと同様に30%を控除する。

カ 後遺障害慰謝料 650万円

 エと同様に50%を控除する。」