交通医療研究会

大腿骨骨折(大腿骨の知識)

2023.05.18

第1.大腿骨の構造と機能

1.大腿骨の機能と股関節
⑴大腿骨の機能

直立二足歩行を行う人類の大腿骨は、下腿と体幹をつなぐ股関節において常に体幹の荷重を支え、立位を保持して運動を行っている。
大腿骨は荷重による影響を受け、加齢により、形態と構造が変化する(資料1・運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学・98頁)。

⑵股関節

股関節は、寛骨臼*[1]と大腿骨頭よりなる球関節であり、人体最大の滑膜関節*[2]である。肩関節が浅いソケットからなる球関節であるのとは異なり、股関節は多様な三次元的な動き以外に十分な荷重に耐えうる安定性が要求されるため、大腿骨頭を寛骨臼が深く包み込む臼状の関節である(資料2・標準整形外科学(第10版)・505頁)。大腿骨頸部の関節包内には骨膜*[3]がない(資料1・100頁)。

2.大腿骨近位の構造
大腿骨の構造については、資料3・別冊アトラス解剖学・192頁、資料7・変形性関節症・11頁参照。

⑴頸体角
大腿骨頭は大腿骨体に対して直線ではなく内側に傾いている。この大腿骨骨幹部と大腿頸部軸のなす角度を『頸体角』という(資料2・507頁)。頸体角は新生児では150°であるが、荷重による変化に応じて減少し、成人では125~130°となる。大腿骨頸には頸体角により荷重方向への剪断力が働き、力学的弱点となっている(資料1・98頁)。
⑵Wardの三角  (大腿骨頸)
大腿骨頸の力学的弱点は、頸部内側の厚い骨皮質*[1]である『Adams弓』や『こつりよう』と呼ばれる骨構造により補われている。骨梁は互いに補強し合って力学的強度を増しているが、主圧縮骨梁、主引張骨梁、服圧縮骨梁に囲まれた網構造の疎な部分は『Wardの三角』と呼ばれ、大腿骨頸部骨折の好発部位となる(資料1・98頁)。
⑶外反股、内反股
頸体角が正常より増大した状態を「がいはん」、減少した状態を「ないはん」という。内反股の場合、荷重方向への剪断力はさらに増加し、大腿骨頸部骨折の危険性が高まる(資料1・98頁)。外反股では、大腿骨中心から外転筋*[2]付着部までの距離が短くなる。そのため、大腿骨頭への荷重量が増加し、大きな外転筋力が必要となる。頸体角の増加により剪断力は減少するが、寛骨臼との適合性は低下し、関節面の単位面積当たりにかかる圧力は増大する。圧力の増大によって、大腿骨頭や寛骨臼の関節軟骨や骨組織は変形する。さらに、骨粗鬆症が加わると、大腿骨頭内に大腿骨頸が嵌入して生じる大腿骨頸部骨折の危険性は高まる(資料1・100頁)。正常人における立位荷重線(大腿骨中心から足関節中心を結ぶ下肢機能軸)は、膝関節部で大腿骨顆部、脛骨顆部中央を通過する。外反股があるとこの荷重線は膝関節で外側変異、内反股があると内側変異し、膝関節、足関節に影響を及ぼす(資料2・508~509頁)。
⑷骨粗鬆症の影響
加齢による頸体角の減少が進み内反股となれば、荷重方向への剪断力はさらに増加する。そこへ骨粗鬆症が加わると、骨梁による補強も失われることとなり、大腿骨頸部骨折の危険性は高まる(資料1・98頁)。

*[1]寛骨臼… 寛骨の外側にある大きなくぼみ。大腿骨の上端がここに入り、股関節を形成する(資料2・505頁)。
寛骨は、骨盤の側壁と前壁をつくる骨。腸骨・坐骨・恥骨が互いに癒合したもの。外側面のくぼみで大腿骨と連結する。
*[2]滑膜関節… 可動性を有する関節(資料2・35頁)。
*[3]骨膜… 骨皮質の外周を覆う結合組織(資料2・12頁)。

*[4]骨皮質… 緻密骨でできている骨の外郭部分(資料2・9頁)。緻密骨は、海綿骨に対する用語で、骨組織が緻密な骨。
*[5]外転筋… 中殿筋、小殿筋、大腿筋膜張筋を、外転筋群という。それぞれの筋は、資料1・114頁

第2.大腿骨骨折から生じうる後遺障害と等級 

1.後遺障害等級
参考資料「大腿骨骨折から生じうる後遺障害」参照 【別紙】

2.可動域制限の発生因子
⑴拘縮と強直(資料5・関節可動域制限・8頁~)
ア.拘縮と強直の定義
()拘縮
関節周囲軟部組織が原因で生じた関節可動域制限。
皮膚や皮下組織、骨格筋、腱、靱帯、関節包などといった関節周囲に存在する軟部組織が器質的に変化したことに由来した可動域制限。
()強直関節構成体自体が原因で生じた関節可動域制限。
()拘縮と強直との関係先天性の骨癒合症や関節リウマチなどで見られる軟骨破壊後の骨性強直などの例外を除いては、関節周囲軟部組織と関節構成体の変化が合併している場合が多く、強直と拘縮と厳密に区別することは難しい。
そのため、他動関節可動域がほとんど、もしくは完全に消失した場合を強直と呼んでおり、臨床で見られる強直の多くは拘縮が進行した結果生じたものである。
このように、強直は関節内外の組織が非可逆的変化に至っていると推測されるため、理学療法や作業療法では改善が難しく、観血的治療の適用を考える必要がある。
対して、拘縮は関節周囲軟部組織が可逆的に変化したものと捉えられるため、理学療法や作業療法によって改善を促すことが可能と思われる。ただし、実際には、拘縮の治療には難渋することも少なくない。
イ.拘縮と強直の分類
()拘縮の分類 ~ Hoffa分類  (資料5・10頁~)
拘縮は、先天性拘縮と後天性拘縮とに分類される。
後天性拘縮は、病変部位やその原因によって分類でき、なかでも古典的ではあるがHoffaの分類がよく用いられる。
①皮膚性拘縮
②結合組織性拘縮
③筋性拘縮
④神経性拘縮
⑤関節性拘縮
()強直の分類強直も先天性強直と後天性強直とに分けられ、後天的な原因によって、次のとおりに分けられる。
①線維性強直
②骨性強直
⑵「固さ」と「痛さ」による分類(資料6・関節可動域制限治療を考える)
関節可動域制限因子を「固さ」と「痛さ」に大別する。
前者を「可動域制限の直接的因子」、後者を「可動域制限の間接的因子」と呼ぶ。
ア.直接的因子(固さ)直接的因子を、さらに次のとおりに分ける。
①骨性因子
②関節構成体性因子
③筋性因子
④関節周囲軟部組織性因子

イ.間接的因子(痛み)
不随な筋収縮を出現させる、不動状態による直接的因子の増強など

第3.大腿骨頚部近位部骨折

a骨頭骨折
b骨頭下を含む頸部骨折
c頸基部骨折
d転子部骨折、転子間骨折、または転子貫通骨折
e転子下骨折(資料4・達人が教える外傷骨折治療・155頁)

第4.大腿骨頚部骨折

1.大腿骨頚部骨折の分類
大腿骨頸部骨折には、①骨折線の方向による『Pauwels分類』と、②骨性・軟部組織の連続性と骨片の転位の仕方による『Garden分類』があり、臨床において広く用いられている(資料1・98~100頁、資料4・156~159頁)。
ア.Pauwels分類  (資料1・99頁)
Ⅰ型(30°)、Ⅱ型(50°)、Ⅲ型(70°)
イ.Garden分類  (資料1・100頁)
stageⅠ: 不完全骨折(内側で骨性連続が残存している)
stageⅡ: 完全骨折・最小転位(軟部組織の連続性は残存している)
stageⅢ: 完全骨折・骨頭回転転位(Weibrechtの支帯の骨頭への血行はある程度保たれる)
stageⅣ: 完全骨折・骨頭回転転位なし(すべての軟部組織の連続性が断たれたもの。骨頭への血行は途絶する)
骨折時に栄養血管が障害されると骨への血液供給が不十分となり、骨壊死*[6]を引き起こす(資料1・101頁)。

*[6]骨壊死… 骨を構成する細胞の死滅した状態で、骨髄細胞の消失と骨の骨小腔の空包化

2.大腿骨頚部骨折の治療法
⑴大腿骨頸部骨折の特性
大腿骨頸部骨折は高齢者に多発し骨粗鬆症を基盤として発生することが多い。骨密度の低下や骨の脆弱化が骨折発生の危険因子となっているばかりでなく、骨折そのものの治療を困難にする。
また、大腿骨頸部は関節包内にあって、しかも解剖学的に独特な頸体角を有しており骨膜が存在しない。そこに骨折が起こると、骨片間に髄液が入り込んでしまい、骨折部には剪断力が働くばかりか、骨膜性の骨化は得られない。
さらに大腿骨頭への血行が特殊であるなど、骨癒合には極めて不利な条件が多い。
このため、高齢者の治療にあたってはじめから骨癒合をあきらめ、どちらかというと人工物置換術が選択、多用される傾向にある(資料4・160頁)。
⑵治療法の選択
ア.しかし、骨折治療の大原則は骨接合術であるので、まず第一選択として人工物置換術を行うということではなく、年齢、全身的、社会的な要素を考慮したうえで、骨折部の種々の情報から骨癒合する可能性が高いか否かを術前に判定し、高いものには骨接合術を、低いものには人工物置換術を選択すれば、手術は1回ですむので合理的である(資料4・160頁)。
イ.大腿骨頸部骨折に対する手術療法として、骨接合術と人工骨頭置換術のどちらを実施するかについては、意見が分かれるところである。
この点、大腿骨頭への血行がどれだけ温存されているかで、大腿骨頭壊死の危険性が予測され、治療として骨接合術か人工骨頭置換術かが選択される(資料1・102頁)。
⑵保存療法(資料4・160頁~)
ア.副子・牽引療法
イ.ギプス包帯法
⑶手術療法
ア.骨接合術(資料4・161頁~)
Smith−Petersen三翼釘固定法、Kuntscher強斜位固定法など
イ.骨切り術、骨移植
どちらかというと若年者や青壮年者の骨折に対し、ぜひとも骨癒合を獲得しようとするものである。骨折面に不利な剪断力や引っ張り応力が生じている場合、骨切りによって骨折面の角度を減じて骨癒合に有利な圧縮応力を得ることを目的として選択される(資料4・161頁~。図は、資料2・690頁参照)。
人工物置換術と比較して、人工物にみられる摩耗や緩みの心配がない、脱臼の心配がないなどのメリットがある。反面、脚長の左右差補正が難しい、可動域改善が難しいなどのデメリットがある(資料7・変形性関節症・59頁)。
ウ.人工物置換術
人工股関節置換術(資料7・74・77頁)、人工骨頭置換術(資料4・162頁)。
活動性が高い症例には人工股関節置換術が有効との報告もあるが、高齢者には人工骨頭置換術が一般的である(資料4・161頁~)。
すでに有痛性の著しい変形性関節症に進展している場合には人工股関節全置換術を行う(資料2・690頁)。
人工股関節全置換術は、約200~230万円。入院費を含み、健康保険を適用すれば3割負担だが、それでも1か月の請求額が高額となり、約9万円以上は支払が免除になる高額療養費制度を利用できる(資料7・89頁)。
3.人工股関節置換術後の予後
⑴股関節外側部痛、可動域制限(資料1・102頁~)
ア.皮膚への影響
イ.筋への影響
大腿筋膜張筋、中臀筋の筋膜の切開
ウ.神経への影響
脚長延長が生じた場合の大腿神経や閉鎖神経、座骨神経の過緊張による神経障害。
筋・靱帯・関節包などの緊張がとれず、可動域が制限される場合もある。
⑵予後
ア.日常生活の制限(資料8・人工股関節全置換術を受けられる患者様とご家族の方へ)
イ.生命予後
高齢者の場合、手術の理由で1年内の死亡率は10~30%と報告されている(資料4・162頁)

第5.大腿骨転子部骨折

1.大腿骨転子部骨折の特徴(資料2・690頁)
転子部骨折は関節外で起こる。血流が豊富な海綿骨からなるため、頸部骨折に比べると骨折治癒の条件はよい。
しかし、受けた外力は頸部骨折より強いことが多く、また、統計上では受傷者がより高齢者に傾くため全身的合併症がより多く、老人骨折治療の原則である早期離床、早期日常生活復帰を得るという点から、同様に治療の難しい骨折である。
2.大腿骨転子部骨折における骨折型分類
⑴Evans分類(資料2・690頁)
X線前後像において内側骨皮質の損傷の程度、整復操作を加えた際の整復位保持の難易度によって分類する方法。
⑵3DCTによる骨折分類(資料4・164頁)
骨折部が安定か不安定かに注目し、小転子部および大転子部の骨折形態を評価する分類。
3.治療法
⑴牽引療法、閉鎖的骨折整復  (資料2・691頁、資料4・164頁)
⑵手術療法(骨接合術)  (資料2・691頁、資料4・165頁)
4.大腿骨転子部骨折の予後
65歳以上の301例で、1年生存率は85%、5年生存率は44%、10年生存率は14%。
大腿骨転子部骨折の治療結果には限界があり、また経過とともに運動機能は低下する。遅かれ早かれ福祉介護サービスを利用する機会が訪れる( 資料4・168頁~)。

第6.変形性関節症

1.定義と分類
変形性股関節症は、関節軟骨の変性・摩耗により関節の破壊が生じ、これに対応する反応性の骨増殖(骨硬化、骨棘)を特徴とする疾患で、原疾患の明らかでない一次性股関節症と、何らかの疾患に続発する二次性股関節症に分類できる。
二次性股関節症の原因に、大腿骨頸部骨折などの外傷も挙げられる(資料2・533頁)。
変形性関節症による痛みは、股関節への過剰な負担によって、関節軟骨がすり減ることで起こる。すり減った関節軟骨のかけらが滑膜を刺激して炎症を引き起こし、痛みの原因となる。関節軟骨がさらにすり減ると、骨と骨が直接ぶつかるようになり、骨まで変形し、痛みはさらに増す(資料7・13頁)。

2.臨床症状(資料2・534頁)
ア.疼痛
イ.可動域制限
ウ.異常歩行

3.治療法(資料2・534頁)

骨切り術、人工関節置換術など

第7.大腿骨骨折と訴訟上の問題点

1.将来の人工骨頭・人工股関節置換術の治療費
①口頭弁論終結時にすでに人工骨頭・人工股関節置換術を施術しており、かつ、余命内に再置換術を要すると見込まれる場合
②口頭弁論終結時には置換術を受けていないものの、将来的に置換術を受けることが見込まれる場合
2.将来の人工股関節置換術による後遺障害の重篤化の可能性
将来、人口股関節置換術を受けることが見込まれる場合、①後遺障害等級や労働能力喪失率に影響しないか、②仮にされないとしても慰謝料の考慮要素とならないのか
3.人工股関節置換術による機能回復と労働能力喪失率
2とは逆に、置換術によって機能回復が生じる可能性があるとして、労働能力喪失率が軽減されるという可能性はないか。
4.家屋改造費・物品代
5.将来の介護費用
6.素因減額
⑴骨粗鬆症
⑵臼蓋形成不全

資 料

1 運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学
2 標準整形外科学(第10版)
3 別冊アトラス解剖学
4 達人が教える外傷骨折治療
5 関節可動域制限 病態の理解と治療の考え方
6 関節可動域制限治療を考える − 整形外科疾患に対する臨床経験を通して
7 名医が語る最新・最良の治療 変形性関節症(股関節・膝関節)
8 人工股関節全置換術を受けられる患者様とご家族の方へ

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