第4.職業介護人介護か近親者介護か |
1.蓋然性の問題か? 山田裁判官は、職業介護人介護への移行あるいは、職業介護人介護継続の蓋然性がある場合には、職業介護人介護を前提にし、それ以外は、近親者介護を前提にするようである(文献2p6~11) [発表者コメント] 事故と相当因果関係がある損害は何かという法的な争いであるのだから、蓋然性以外に公正や正義といった要素も考慮する必要があるはず。 被害者に厳しい判決は、蓋然性の問題ととらえる裁判官によるのではないか。 2.藤村論文 近親者は、本来、職業付添人が介護にあたってしかるべきところ、職業付添人に代替して介護にあたっていると見るべきで、被害者である被介護者が、その障害の程度から、真に、職業付添人による介護を必要とすると認められるなら、現実に職業付添人が介護にあたったか、近親者が介護にあたったかを問わず、すなわち、現実の介護主体が誰であれ、職業付添人を依頼した場合にかかる費用を基本に据えるべきである(文献3p150~151) 近時の裁判例における将来介護費用の算定手法は、一見緻密になってきているようには思われるものの、それが実は、将来介護費を低く抑えることに資するものになっていたのではないかとも思われる。このような姿勢は、早急に改められてよいであろう。(文献3p152) [発表者コメント] 訴訟では、毎回、藤村論文を引用しながら主張しているが、裁判所の反応は鈍い。 3.評価できる裁判例の分析(発表者による分析整理) ①経済的事情さえ許せば職業介護人による介護を利用したいという近親者の意向を尊重して、職業介護人による介護を前提に将来介護費を算定するのが相当とするもの。あるいは、十分な賠償を受け、経済的に職業介護人に依頼できる条件が整えば、職業介護人を十分に活用する予定であるとして、職業介護人による介護を前提に将来介護費を算定するもの ②事故後、介護のために近親者が退職した事案で、近親者の復職の意向を尊重して職業介護人による介護の必要性を認めているもの ③近親者の就労の必要性を肯定して職業介護人による介護の必要性を認めているもの ④介護にあたる近親者の心身の負担を考慮して職業介護人による介護の必要性を認めているもの これらに合致する裁判例は、 個人の自己決定権(憲法13条) 職業選択の自由(憲法22条) 苦役からの自由(憲法18条) といった憲法上の基本的人権を尊重しているとみることもできる。 4.注目すべき裁判例 【大阪高裁平成16年6月10日判決】 [原審は大阪地裁平成15年12月4日判決] 脳外傷及び頚髄損傷による知能低下、両上肢不全麻痺及び両下肢完全麻痺等1級3号の後遺障害を残した事案で、妻の年齢(54歳)、妻ができる限り自らが介護をしようとしているのは経済的負担を考慮しているにすぎず、本来であれば、職業介護人による介護を利用したいと考えていることに照らせば、職業介護人による介護を前提として将来介護費用を算定するのが相当であるとした。 【千葉地裁平成16年3月30日判決】(自保ジャーナル1541号) 高次脳機能障害1級3号の後遺障害を残し、被害者の母が事故当時、出産、育児のために仕事を辞めていた事案で、事故後被害者の介護にあたってきた母が「今後は働きたいとの希望をもっている」としたうえで、裁判所は次のように述べて、職業介護人による介護と近親者介護を割合を平均すると2分の1ずつと認めるのが相当として、それを前提に介護費用を算出した。 「被告らが主張するように、原告母が67歳までは、家族介護を前提として将来介護料を算定すると、それは翻って、原告母に外で働く機会を奪い、今後も家族介護を強要することと同じ結果をもたらし、本件事故が前記のとおり、被告の過失によりもたらされたことに鑑みると、衡平の観念上、相当とは到底いえず、同主張を採用することはできない。」 【前橋地裁高崎支部平成16年9月17日判決】(自保ジャーナル1562号) 高次脳機能障害等1級3号の後遺障害を残し、被害者の母が事故当時、週2,3回、1回あたり5時間程度の割合で英会話教室の講師をしていたが、被害者の介護のために退職した事案で、①今後も週2,3回程度は自らが身につけている知識、技術を生かして就労し、生徒との触れ合いをとおして自己実現を図りたいと考えていること、②被害者に対する付添介護が母にとり加重な負担となり、同人の心身の健康を損なうおそれがあることを指摘し、年120日間については職業介護人による介護と近親者介護の併用、その余の245日については近親者介護を前提に介護費用を算出した(p4,18,30~32)。 【名古屋地裁(合議)平成17年5月17日判決】(自保ジャーナル1597号3頁) 高位脊髄麻痺・呼吸筋麻痺等1級3号の後遺障害を残した事案について、被害者は本件事故後に婚姻したが、若い妻にとって後遺障害を抱える被害者との生活及び日々の介護は心身ともに多大な負担を強いられることが認められる等として、職業介護人による介護を原則に近親者が可能な範囲で補助することを前提に介護費用を算出した(p5)。 【福岡地裁平成17年7月12日判決】 高次脳機能障害等で別表1第1級1号の後遺障害を残し、小売業を営む自営業者の長男が、仕事をセーブして時間を捻出して被害者の介護にあたっている事案で、長男の介護負担は大きく負担軽減の必要性があること、また、いつまでも仕事をセーブしているわけにもいかないことから、事故につき十分な賠償を受け、経済的に職業介護人に依頼できる条件が整えば、職業介護人を十分に活用する予定であるとする長男の意向を尊重して、平日及び土曜日は職業介護人と近親者介護の併用を、日曜日は近親者介護を前提に介護費用を算出した(p6,22~24)。 【千葉地裁(合議)平成18年4月11日判決】(自保ジャーナル1682号11頁) 高次脳機能障害等2級3号(併合1級)の後遺障害を残し、会社員である被害者の夫が会社を欠勤するなどしながら、被害者の介護を主として行っている事案で、1年のうち240日間については1日8時間の職業介護人による介護と近親者介護の併用を、その余の125日については近親者介護を前提に介護費用を算出した(p14)。 【名古屋高裁平成18年6月8日判決】(自保ジャーナル1681号2頁) [原審は岐阜地裁平成17年10月14日判決](自保ジャーナル1681号7頁) 遷延性意識障害で別表第1第1級1号の後遺障害を残し、事故時保育士として働いていた被害者の母が介護のために退職した事案で、①高額な職業介護人費用を負担するだけの経済的余裕がないために被害者の母が主体となって被害者の介護にあたっているが、被害者の両親は、適切な将来付添費の賠償が得られれば、直ちに職業人介護に切り替える予定であること、②被害者の母にとって保育士の仕事は長年の夢であり、被害者の介護の一部を職業介護人に任せられれば、復職したいとの強い希望を有していることを認定した上で、1年のうち240日間については1日9時間の職業介護人による介護と近親者介護の併用を、その余の125日については近親者介護を前提に介護費用を算出した(p5~6)。 本判決は、原審が、被害者の母が67歳に達するまでは近親者介護を前提に介護費を算出したのを上記のような理由を述べて変更したものである。 【名古屋地裁平成18年8月29日判決】(自保ジャーナル1681号) 事故時17歳の男子が頸髄損傷等から1級3号後遺障害を残した事案につき、被害者の介護状況からすると介護の負担は重く、被害者の母も肉体的にも精神的にも疲弊していることを考慮すると、一定の割合で母を介護の負担から解放する必要があり、その限度で職業付添を認める必要がある。そして、その割合は、母が満67歳に達するまでは、職業付添人を依頼する日は週3日とするのが相当である。職業付添人を依頼する時間帯は、介護の負担が重いことに照らすと、午前9時から午後5時までの8時間とする。母が満67歳以降は、同人の体力低下のため、年間365日、午前9時から午後5時までの8時間、職業付添人を依頼し、それ以外の時間帯は、母ら近親者が付添看護を行うと認めるのが相当であるとした(p23~24)。 【千葉地裁佐倉支部平成18年9月27日判決】(自保ジャーナル1682号17頁) 遷延性意識障害で1級3号の後遺障害を残した事案につき、将来自宅での近親者介護の中心になることが予定されている妹について、「就労して収入を得る道を奪われるべき理由はないから、・・・基本的に職業介護人による介護を前提に介護料を算出すべき」とした(p17~18)。 【名古屋高裁平成19年2月16日判決】 [原審は名古屋地裁岡崎支部平成18年8月17日判決] 高次脳機能障害、左片麻痺などで1級3号の後遺障害を残し、事故時、被害者の母は、その両親の経営する書店を手伝っていたが、現在は、被害者の介護と両立させつつより多い収入が得られるように午後11時から翌日午前3時30分まで、給食会社で夜間勤務をしている事案につき、①夜間被害者を1人にしておくことの不安や、母自身の健康上の不安から、職業介護人を付すなどして日中の勤務に戻りたいと考えていること、②事故後、被害者の母は、うつ病に罹患し通院中であること、③小柄であるために、体格の良い被害者の介護には限界があるが、経済的事情から基本的に被害者の介護には母があたっていること等を認定した上で、「現在の主として控訴人母による介護を長期化させることは控訴人母の健康面から著しい困難を伴う」として、平日日中のうち養護学校に通っていない時間帯については職業介護人による介護、平日の夜間早朝及び休日については、母による介護を前提に介護費用を算出した。(p12~13)。 【徳島地裁美馬支部平成22年3月26日判決】 頚髄損傷による四肢麻痺で、別表一第1級1号の後遺障害を残し、被害者の妻と被害者の高齢の母が自宅で介護にあたっている事案で(p3,5,16)、近親者による介護を前提にした場合、被害者の介護の担い手は、事実上、原告妻に限られるとしたうえで、同人の現在の勤務時間及び通勤に要する時間に相当する職業介護人の費用を損害賠償として認めないことは、実質的に原告妻から就労の機会を奪い、また、原告妻に毎日の長時間にわたる介護を強制することになるから適切とはいい難いとした(p17)。 [発表者コメント] 上記判決のいくつかが指摘するように、職業介護人の費用を認めないことは、長期間にわたり近親者に介護を強制することになるという視点は重要 |