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  PTSD②(争点と裁判例)
 

PTSDをめぐる争点と裁判例

第1.因果関係

1.問題点
PTSDを含む非器質性精神障害では、交通事故外傷による器質的損傷がないため、事故と症状との因果関係の判断が難しいという問題がある。
裁判例の分析でも、裁判例の傾向をみて因果関係判定の目安を抽出することは以外と難しいとはしつつところではあるが、非器質性精神障害における因果関係の判断にあたってのポイントを、
(ア) 事故後間もなくの時期からの症状が連続していること
(イ) 他の有力な発症原因(誘因)が存在しないこと
にあると整理している。

2.PTSDと事故との因果関係
PTSDの場合、生命身体に関わるような外傷的出来事を契機として、外傷と関連する症状が、事故後相当期間内に発症している。
そのため、PTSDに該当すれば、事故との因果関係が認められるはずであるから、因果関係の認定の観点からはPTSDを独立に論じる意義がある。

3.裁判例

PTSDが認定されている裁判例では、被告側が精神状態と事故との因果関係を争わない例が多い(残存精神障害と事故との因果関係は積極的には争わず、当該精神障害がPTSDに該当するか否かという点で争う例が多い →第5・3)。
因果関係の認定に関して参考となる裁判例としては、次の横浜地裁判決(先に紹介したPTSD当てはめに疑義を呈した裁判例)が挙げられる。
【横浜地裁平成20年2月15日判決】
事故態様:T字路交差点の突き当たり道路に設けられている横断歩道上を歩行中の被害者に、普通乗用自動車が衝突。
受傷内容:仙骨骨折、臀部打撲、臀部痛、両下肢感覚障害、頭部打撲、交通事故性頭痛、自動車恐怖症、神経衰弱症など
入院期間:43日
『神経症状の発現経緯に照らし、本件事故を契機としていることは明らかであるし、事前認定においても、本件事故と原告の精神障害との因果関係につき何らの疑問を差し挟むような記述もない。』

第2.PTSD該当性~外来的出来事

既述のとおり、医師がPTSDの診断をした場合でも、ICD-10やDSM-Ⅳにおける外来的出来事の要件を満たさないとして、PTSDへの罹患を否定した裁判例は多い。
肯定例、否定例のそれぞれについて、外来的出来事を数例あげる。

1.外来的出来事を肯定した裁判例
【大阪地裁平成20年1月23日判決】(ただし症状よりPTSDを否定)
事故態様:被害者が助手席に同乗する普通乗用自動車が時速約40kmで走行中、時速約50kmで反対車線を走行中の加害車両が中央分離帯を越えて逸出して正面症津    
受傷内容:腹腔内出血(右胃大網動脈損傷)、右肋骨骨折、頚椎円座、外傷性頚部症候群
入院期間:約4か月
【京都地裁平成23年4月15日判決】
事故態様:道路左端付近を北進していた被害者運転の原動機付自転車に、南進していた普通自動車がセンターラインを超えて正面衝突し、その反動で被害者は北進していた軽四輪自動車に更に衝突。
受傷内容:左下腿挫創、右大腿挫創、腰椎捻挫、交通外傷(頭部、顔面)、腹部打撲、腰部傍脊椎筋痛症、外傷性顎関節炎、顎関節症など
入院期間:62日

2.外来的出来事を否定した裁判例
【東京地裁平成18年9月26日判決】
事故態様:交差点内の歩行者と、時速約20kmで進行する右折自動車(普通貨物自動車)とが衝突
受傷内容:外傷性頚部症候群、右前額挫創など
入院期間:8日
【名古屋地裁平成19年11月21日判決】
事故態様:交差点の東側の横断歩道を自転車を引いて北から南へ横断中の被害者に、南側道路から東方へ右折してきた普通乗用自動車が衝突
受傷内容:左大腿骨頸部骨折、左膝打撲、腰部打撲、閉鎖性腹部損傷
入院期間:当初58日
【横浜地裁平成20年6月19日判決(東京高裁平成20年11月20日判決・高裁では争点とならず)】
事故態様:駐車中の普通貨物自動車の右後部角に、後方から走行してきた原告運転の自動二輪車が衝突
受傷内容:左大腿切断(事故時に膝近くで切断され、その場で原告はヘルメットを脱いで確認した)
入院期間:120日
【東京地裁平成23年10月24日判決】
事故態様:信号機のないT字路交差点で、時速約5kmで左折進行中の普通乗用自動車と、横断歩道上を横断中の自転車が衝突
受傷内容:左大腿骨頸部骨折、左膝打撲、腰部打撲、閉鎖性腹部損傷
入院期間:当初58日

第3.PTSD該当性~鑑定事例

PTSD該当性について、裁判所鑑定を行っている例もみられる。
【大阪地裁堺支部平成22年2月19日判決】
事故態様:普通貨物自動車の左前角部が、被害者運転の軽四輪自動車の右後角部に追突した
受傷内容:外傷性頚部症候群、両上腕打撲、腰部打撲、両足打撲、両膝膝内障
入院状況:入院なし
認定理由:外来的出来事の認定内容は不明。
CAPSが60点を超えていることを根拠としてPTSDと診断した鑑定を根拠とした。鑑定結果の信用性については、判断過程に不合理がなかったか否かという検討手法をとり、不合理ではないと判断した。 

第4.後遺障害等級評価及び労働能力喪失率

PTSDに該当するというだけでは、直ちにそれ以外の非器質性精神障害よりも等級が重いとはいえないものの、比較的重い等級や労働能力喪失率が認められているように思われる。
【東京地裁平成17年10月25日判決】
事前認定で14級の認定を受けた事案。判決は、PTSDを認定の上、事前認定14級を指して、「これを超える等級を認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない」として同じく14級としながらも、次のとおり、労働能力喪失率を10%とした。なお、労働能力喪失期間は10年、後遺障害慰謝料は14級相当の110万円を認めた。
『原告の後遺障害は14級10号を超えるものではないが、前記認定の原告の症状に照らして、労働能力喪失率は10%と認めるのが相当である。』
なお、この裁判例は、直進自動車に右折自動車が衝突し、頚部捻挫、腰部捻挫捻挫で11日の入院をしたケースであり、PTSDの要件を満たす外来的出来事があったとみてよいかは疑問がある。素因減額の主張はなかったが、仮に主張があったとすれば、素因減額された可能性が高かったのではないかろうか。
【さいたま地裁平成22年9月24日判決】
後遺障害等級9級、労働能力喪失率35%を認定。
医師作成の「非器質性精神障害にかかる所見について」において、助言を要する等の能力低下が行われている点を重視したといえる。
【京都地裁平成23年4月15日判決】
『本件事故は平成16年4月30日に発生しているので、自賠責保険においてそれに対応する平成14年4月1日以降平成16年6月30日までに発生した事故に適用する後遺障害別等級表の別表第二を参照すると、検討対象となる神経精神疾患により一定程度の労働能力喪失が認められるもの』
としては、第9級ではやや重きに失し、12級ではやや軽すぎるとして、次のとおり判断した。
『原告のPTSDによる後遺障害は、自賠責後遺障害11級相当(労働能力喪失率20%)として扱うのが相当である。』

第5.労働能力喪失期間

1.問題点
障害認定必携において、「非器質的精神障害については、症状が重篤であっても将来において大幅に症状の改善する可能性が十分にあるという特質がある」とされている。
裁判例でも、非器質性精神障害の場合には労働能力喪失期間を限定することがほとんどである。
【大阪地裁平成20年1月23日判決】(PTSD否定ケース)
『一般的に時間とともに警戒することが知られており…労働能力に影響がある期間は10年程度と考えられる。』
【仙台地裁平成20年3月26日判決】(PTSD否定ケース)
『(証拠略←労災認定必携と思われる)によれば、非器質性神経障害については、症状が重篤であっても将来において大幅に症状の改善する可能性が十分にあること、業務による心理的負荷を原因とする非器質性神経障害では、業務による心理的負荷を取り除き、適切な治療を行えば、多くの場合は半年から1年、長くても2、3年の治療により完治するのが一般的であって、業務に支障の出るような後遺症状を残すケースは少なく、障害を残した場合においても各種の日常生活動作がかなりの程度でき、一定の就労が可能となる程度以上に症状が良くなるのが通常であるとの記載がある。
そうすると、原告の精神症状についても回復可能性があると認めるのが相当であって、(証拠略)に見られる原告の現在の症状等を考慮しても、原告の労働能力喪失期間を10年と認めるのが相当である。』

2.PTSDと回復可能性
しかし、PTSDの場合、『PTSD治療ガイドライン』におけるいずれの治療法も一定の限界がありすべてのPTSD患者に有効な治療法はないとされていること、一定期間の治療を経て医師が症状固定判断をしていることから、当該被害者には有効な治療方法がなく、将来にわたって症状は継続するとみて、就労可能期間の終期まで、症状固定時と同様の労働能力喪失状態が継続するとみるべきではなかろうか。
それゆえ、PTSDについては、将来症状が回復して労働能力が回復するということを相手側が立証しない限り、労働能力喪失率は一定のものと認定するべきではなかろうか。

3.裁判例
しかし、近時の判例では、労働能力喪失期間を一定期間に限定した裁判例が多い(就労期間終期までPTSDによる労働能力の喪失を認めた近時の裁判例は見当たらなかった)。
【大阪地裁堺支部平成22年2月19日判決】
『原告の主たる後遺障害であるPTSDが非器質的後遺障害であることに鑑み、原告の労働能力喪失期間は10年間(対応するライプニッツ係数は7.722)に限り認めるのが相当である。』
【さいたま地裁平成22年9月24日判決】
『確かに、証拠(略)によれば、原告については、PTSDによる精神障害につき、症状固定後も医師の診察を受け、中程度の抑うつ状態、フラッシュバック等の高度の不安の状態等の症状が継続していることが認められる。しかしながら、証拠(略)によれば、一般に、非器質性の精神障害については、症状が重篤であっても大幅に症状の改善する可能性が十分にあり、PTSDについても多数の症例で回復が期待できるとされていることが認められ、これに弁論の全趣旨を総合すれば、原告についても今後症状が改善することが期待されるから、原告の精神障害についての後遺障害による労働能力の喪失期間を12年間と認めるのが相当である。』
【京都地裁平成23年4月15日判決】
この裁判例では、そもそも原告側が労働能力喪失期間を10年と主張したため、判決内容も10年に限定している。
『労働能力喪失期間は、PTSDの治療には、相当長期を要することが多いとする一般的な見解を前提として、10年間とする。』

第6.素因減額

1.PTSDと素因
非器質性精神障害の場合、被害者の心因的要因が損害拡大に関与しているとして素因減額される例が多い。
しかし、PTSDに該当する場合、特に、ICD-10の認定基準を満たす場合には、被害者が暴露した外来的出来事は、『① 並はずれた脅威や破局的な性質でストレスの強い出来事または状況(短期または長期にわたる)に曝露されて、それはほとんどの人にとって広範な苦痛をもたらすと考えられるようなものであること』にあたる。
とすれば、当該事故に暴露した場合、PTSDはほとんどの人に生ずる非器質性精神障害であるといえるから、その「発生」に被害者の素因が関与しているとはいえず、素因減額を否定すべきこととなる。
対して、障害状態の「継続」には被害者の心因的要素が関与し、素因減額の問題が生じるのではないか、との問題もありうるが、こちらについては、素因減額ではなく、前述の労働能力喪失期間の問題として処理されるべき問題ではないかと思われる。

2.裁判例
【大阪地裁平成20年1月23日判決】
この裁判例では、PTSDの要件である外来的出来事を認めつつも、発症している症状がPTSDの要件とは異なるとして、厳密な意味でのPTSDに罹患しているとは判断できないが非器質性精神障害に罹患しているとして、次のとおり、素因減額を否定した。
『本件のように自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験した者については、その出来事自体がほとんどの人にとって苦痛をもたらす性格のものであるため、原告が非器質性精神障害を発症することはやむを得ないことであり、同障害の性格に照らし、それに伴って生じる損害の拡大を防止することも困難であるから、本件について原告の心因性素因を理由として減額をするのは相当ではないというべきである。』
【大阪地裁堺支部平成22年2月19日判決】
この裁判例では、事故前の長男の自殺を原因とするうつ病も併存しているとされ、4割の寄与度減額が行われたが、特殊事案といえよう。
【さいたま地裁平成22年9月24日判決】
『本件事故の態様及びPTSDの患者の中には慢性の経過を示す者がいるとされていることからすれば、原告の精神障害が通常発生する程度、範囲を超えていると認めることはできないし、上記カルテの記載から、原告に損害の拡大に寄与した著しい性格的特徴があると認めることはできない。また、その他被告主張の事情も本件事故とは全く無関係な事情とはいえないことからすれば、原告の損害を減額すべき事情には当たらない。』

第7.介護費用

医師作成の「非器質性精神障害にかかる所見について」において助言を要すると判断されている場合、介護費用を請求することも考えられる。
この点、介護費用を請求した例として、【さいたま地裁平成22年9月24日判決】があるが(PTSD自体は被告が争わず認定された)、介護費用は否定された。
ただし、引きこもりとなったり、対人関係が築けないなど、障害の程度が重度であれば、介護費用が認められてもよいと思われる。

ICD-10(DCR-10)の診断基準

①並はずれた脅威や破局的な性質でストレスの強い出来事または状況(短期または長期にわたる)に曝露されて、それはほとんどの人にとって広範な苦痛をもたらすと考えられるようなものであること。
②乱入してきた「フラッシュバック」、生々しい記憶、繰り返し見る夢あるいはストレス因に似た状況や関連した状況に曝されたときに体験する苦痛によって、ストレス因の記憶がしつこくよみがえったり、「再体験」されたりする。
③そのストレス因と類似または関係する状況からの現実的な回避、あるいは回避を好むこと。それらは、ストレス因に曝される以前には存在していないこと。
④次のⅠまたはⅡのうち、いずれかが存在すること。
Ⅰ.想起不能が、部分的であれ完全なものであれ、ストレス因に曝された時期のいくつかの重要な局面としてみられること。
Ⅱ.次のうちの2項目以上として示される心理的な感受性と覚醒の増大による頑固な症状(ストレス因に曝される以前は存在していないこと)
(a)入眠困難や睡眠(熟睡)困難
(b)焦燥感または怒りの爆発
(c)集中困難
(d)思慮不足
(e)過度の驚愕反応
⑤基準②ないし④のすべてが、ストレスフルな出来事の6ヶ月以内またはストレス期の終わりの時点までに起こっていること(研究目的によっては、6ヶ月以上遅れた発症も含めてよいが、その場合は明確に区別しておくべきである)。

(名古屋地裁平成22年2月26日判決より引用)