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  遷延性意識障害(電気刺激治療と看護)

 

第1.遷延性意識障害の定義(脳・脊髄の外傷p128、脳脊髄外傷p94)

植物状態とは、正常な生活を送っていた人が脳損傷を受けた後、以下の6項目を満たすような状態に陥り、ほとんど改善が見られないまま満3か月以上を経過した状態を指す。
①自力移動不能
②自力摂食不能
③糞尿失禁状態
④たとえ声は出しても意味のある発語は不能
⑤「目を開け」「手を握れ」などの簡単な命令には辛うじて応じることもあるが、それ以上の意思の疎通は不能
⑥眼球は辛うじて物を追っても認識はできない

第2.電気刺激治療

1.定義
現時点で遷延性意識障害における唯一の治療法か。
但し、全ての遷延性意識障害に効果があるわけではない。

2.種類(BRAIN NURSINGvol12 №6P28)
・脳深部刺激療法
・脊髄後索電気刺激療法
脳深部刺激療法の方が、脊髄後索電気刺激療法よりも、覚醒反応が強い。

3.電気刺激治療の効果(脳・脊髄の外傷P133)
⑴若年者に有効例が多い
⑵有効例は、圧倒的に頭部外傷が多い
⑶できるだけ早く電気刺激治療を行った症例に有効例が多い
⑷有効例のCT所見の特徴は、脳全体の萎縮が著明ではないこと、障害が視床を巻き込んでいないこと、障害領域が広範囲でないことが挙げられる。
⑸有効例は、電気刺激治療を行う前の局所脳血流が20ml/100g/min以上であることが多い

4.効果が現れる機序
⑴脊髄後索電気刺激は、局所脳血流を増加させる。
⑵脳のカテコールアミン代謝を活性化させる。
⑶アセチルコリン系の代謝も促進される。
⑷脳波のα波の増加、θ波の減少効果がある。
以上のような事実が重なって、いまだ機能的に可逆性を持っている遷延性意識障害患者のある群に効果が現れると考えられている。

5.改善率(脳脊髄外傷P197)
脳深部刺激療法     52
脊髄後索電気刺激療法  43.3
電気生理学的には脳の機能が比較的保たれていると評価されるのに、植物状態から自然に脱却できないでいる症例の中に、電気刺激療法によって植物状態から脱却可能な症例が存在する。全ての植物状態の患者に対して適応となるわけではない(BRAIN NURSINGvol12 630)。

6.通常の脳血流量(脳脊髄外傷P38)
60㎏の健康成人における脳には、700~900l/minの血流があり、心拍出量の約15~17%を占めている。脳実質100g当たりの血流で表現される脳血流は、平均で50~60ml/100g/minである。
実際には神経活動や部位によりその値は異なり、神経細胞が主体である灰白質の平均値は80ml/100g/minの血流量である。

第3.看護(ナーシング)の重要性

1.五感の刺激を中心としたナーシングの重要性
⑴理念(脳脊髄外傷P198)
患者を独立した一個の人格として認め、いかにその人らしく生きてもらうかを考え、その援助をする必要がある。
そのためには、受傷前の性格、生活、嗜好(食べ物・音楽など)などを家族の協力を得て情報収集する必要がある。また、患者の僅かな変化や患者が送ってよこす僅かなサインを見逃さないようにする必要がある。
口腔内の清潔ケア
⑵基本方針(脳脊髄外傷P198)
⒜睡眠覚醒のリズムの確立
⒝朝~夜までの1日の変化を感じさせる
⒞四季の変化を感じさせる
⒟経口摂取を試みる
⒠自排尿・排便を促す
⒡患者の反応・変化を見逃さない

2.長期伏臥に対する看護のポイント(BRAIN NURSING vol14 No.5 P35)
⑴肺合併症の予防
・吸入・吸引・タッピングによる喀痰喀出
・経口摂取訓練
・肺理学療法による肺の再膨張
・口腔内の清潔ケア
⑵褥瘡の予防
・最低2時間ごとの体位変換
・エアーマットなどの利用
・体位変換によるスキントラブルを防ぐため、看護者2人がペアとなり、患者の背中に敷いたバスタオルを利用し、両サイドを引っ張るようにして持ち、患者を浮かせるようにして「擦らない体位変換」を行う
・ベッドと身体の接触面を広くし、局所同一部位への長時間の圧迫を防ぐ
⑶関節拘縮
・関節の拘縮・変形は、時間の経過とともに増強するので、早期からの予防に努めることが重要。
・積極的にベッドサイドでの他動運動を施行する。
⑷尿路感染
・カテーテルを長期間留置することは、尿路感染の誘因となりやすく、長期臥床により結石が形成されやすい状態にある。
・毎日の陰部清拭・洗浄
・定期的な膀胱洗浄・カテーテルの交換
・早期にカテーテルを抜去し、自然排尿に移行させる。

3.意識障害に対する看護のポイント(BRAIN NURSING vol14 No.5 P36)

⑴意識レベルアップの遅延
睡眠~覚醒のリズムを確立させ、覚醒時により多くの刺激を患者が受容できる状態を作ることにより、意識レベルの向上を促す。
⑵ADL拡大困難
⒜移動・体位
患者を他動的に移動・体位変換させることは、無意識にでも患者が平衡を保とうとしたり、体勢を立て直そうとする行動を導き出すことにつながる。
⒝栄養
点滴による栄養補給→経管栄養→経口摂取(半固形食→固形食)
誤嚥などがあれば、直ちに経口摂取を中止し、吸引を行い、誤嚥性肺炎の防止に努める必要がある。
⒞排泄
排泄による快・不快は、脳に何らかの刺激を与え、患者の意識レベルに影響を及ぼす。
⒟清潔
全身清拭・部分浴・シャワー浴(入浴)を行うことは、
・感染予防
・全身の外的刺激
・看護者が患者の全身の皮膚の状態を観察する機会
となる。

第4.介護福祉士にはできない医療行為

⒜床ずれの処置
⒝爪切り
⒞痰の吸引
⒟酸素の吸入
⒠経管栄養
⒡点滴の抜針
⒢インスリンの注射投与
⒣摘便
⒤人工肛門の処置始末
⒥血圧測定
⒦内服管理
⒧軟膏・シップなどを貼ったり塗ったりする行為
⒨口腔内の掻き出し
⒩食事療法の指導
⒪導尿
⒫留置カテーテル管理
⒬膀胱洗浄
⒭排痰のケア
⒮気管カニューレの交換
⒯気管切開患者の管理指導
⒰点眼
⒱座薬
⒲浣腸

第5.定期金賠償(東京高裁:平成15年7月29日判決の検討)

1.東京高裁判決の主な内容
⑴被害者の症状
本件の被害者(事故時48歳の女性、「A」と言う)は、交通事故による脳挫傷後遺状態から回復せず、いわゆる植物状態に陥り、寝たきりの状態であった。平成10年5月31日に症状固定となり、後遺障害等級事前認定の結果、1級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し常に介護を要するもの)の認定がされた。
Aは、控訴審の口頭弁論終結時点でも、意識が回復しておらず、九十九里病院に入院を継続中であった。
⑵平均余命
Aの推定余命年数は、植物状態の寝たきり者について推定余命が短いとの統計的な数値のみで症状固定時から10年程度であると推測することはできないが、同寝たきり者について推定余命が短いことは統計的に認めざるを得ない。
⑶将来分の介護費用について定期金賠償を採用する根拠
①介護費用はもともと定期的に支弁しなければならない費用であり、植物状態となったAの推定的余命年数については少なくとも現時点から20年ないし30年と推認することは困難であるものの、この推定余命年数は少ない統計データを基礎にするものであり、現実の余命と異なり得るものであることはもちろん、Aの身体状態、看護状況、医療態勢や医療技術の向上の一方で、思わぬ事態の急変もあり得ることなどを考慮すると、概ねの推定年数としても確率の高いものともいい難い。そうすると、推定的余命年数を前提として一時金に還元して介護費用を賠償させた場合には、賠償額は過多あるいは過少となってかえって当事者間の公平を著しく欠く結果を招く危険がある。このような危険を回避するためには、余命期間にわたり継続して必要となる介護費用という現実損害の性格に即して、現実の生存期間にわたり定期的に支弁して賠償する定期金賠償方式を採用することは、それによることが明らかに不相当であるという事情のない限り、合理的といえる。
②賠償義務者が任意に損害保険会社と保険契約を締結している場合には、保険会社が保険者として賠償義務を履行することになるから、不履行の危険性は少なくなるものといい得る。(証拠略)によれば、控訴人は、自動車事故による損害を填補するため、富士火災と任意に損害保険契約を締結していたことが認められるから、控訴人の損害賠償義務は保険者である富士火災が履行することになると推認される。
③Aは、介護費用についても定期金による賠償について反対しているものの、第1審における2002年5月17日付け準備書面においては、その試算を前提に定期金による賠償も魅力的なものとの意見を示していた
⑷期間
Aの推定余命期間が確定したものではないから、平成15年6月25日からAが主張通常の平均余命までの期間を超えない限度で、これが確定する死亡又は平均余命の84歳に達するまでのいずれかの時期までとし、支払方法については、毎月24日限り前月25日からの1か月分を支払うこととするのが相当である。
2.東京高裁判決と私の担当事案(被害者本人を「X」と言う)との差異
⑴Xの状態
Xは、本件事故により、脳挫傷・脳内出血などの傷害を負い、重度の意識障害が存したため、植物状態であると診断されていた。
しかるに、日常生活状況ビデオから明らかなように、現時点でXは、自力では移動できず(①)、排尿排便はおむつ内(③)という状態にあるものの、自力で食物(ゼリー・バナナなど)を摂取することが可能である(②)。意味のある発語も可能であり(④)、家族や理学療法士と意思を疎通させ(⑤)、目で物を追うことも認識することも可能である(⑥)。
従って、上記基準に照らせば、既にXは植物状態を脱却していることが明らかである。また、介助があれば座位をとることも可能であり、寝たきりの状態ともいえない。
⑵Xの余命
現時点でXは、既に植物状態から脱却しており、寝たきりの状態でもない。素人目から見ても、その生命が危機的状況にあると見ることは不可能である。
主治医であるP医師の意見でも、現在のXの状態であれば、十分な介護と医療のバックアップがあれば、健常人と同等の余命を見込めるとされている。
⑶Xらの意思
Xらは、定期金賠償を求める意思を有していない。
⑷まとめ
東京高裁平成15年7月29日判決は、植物状態で寝たきりの状態にある者の推定余命が統計的に短いことを大前提にしている。
しかし、Xは、既に植物状態から脱却し、寝たきりともいえない。日常生活状況ビデオをみれば、素人目にもXの余命が危機的状況にないことか明らかである。また、主治医も医学的見地から、健常人と同様の平均余命が見込める旨を述べている。
かかる場合であれば、健常人の平均余命年数を前提として一時金賠償を認めたとしても、当事者間の公平を害する結果とはならない。
3.東京高裁平成15年7月29日判決の問題点
⑴処分権主義
処分権主義の究極的な趣旨は、原告の意思を尊重することにある。
では、東京高裁平成15年7月29日判決は、処分権主義に反し、Aの意思を意思を無視して定期金賠償の判断を下したのか。
同判旨には「Aは、介護費用についても定期金による賠償について反対しているものの、第1審における2002年5月17日付け準備書面においては、その試算を前提に定期金による賠償も魅力的なものとの意見を示していた。」と記載されており、Aが定期金賠償を受け入れる余地がある旨を表明していたことが明らかである。この点から、同判決は、Aの意思を無視してはおらず、処分権主義に反していないことになる。
本件訴訟と東京高裁平成15年7月29日判決では、原告の意思が明らかに異なっている。本件訴訟において、Xの意思に基づかずに定期金賠償の判断を行うことは、明らかに処分権主義に反する。
⑵不履行の危険
⒜一時金賠償の場合、賠償義務者である被告が契約している○○共済が、賠償義務者に代わり、一括して賠償義務を履行する。早期に損害額全額の受領が可能であり、それだけ不履行の危険性が少なくなる。
これに対し、定期金賠償の場合、被告が自己破産の手続をとって賠償義務を免れたり、被告が死亡して全相続人が相続放棄の手続をとって賠償義務者が存在しなくなった場合にまで、○○共済が賠償義務を履行するか否かは不明確である。
⒝被告は、○○共済の経営状態が健全であると主張している。しかし、これは現時点における経営状態を述べているに過ぎない。
ところが、Xの症状固定時の平均余命は67.36歳であり、現時点(20歳)からでも65年以上の生存が見込める(平成14年簡易生命表)。これほどの長期間にわたって○○共済の経営状態を予測することは不可能であり、65年間の支払の確実性を保証することは不可能である。
過去、平成12年5月に第一火災海上保険、平成13年11月に大成火災海上保険が経営破綻に陥った。第一火災海上保険はバブル崩壊の影響による経営不振が原因であり、大成火災海上保険保はアメリカで発生した同時多発テロによる莫大な額の保険金支払が原因である。両社は、60年前は健全な経営状態だったはずであり、60年前から両社の経営破綻を予測し得た者は皆無である。現在の経営状態を根拠に60年先の経営状態を推測して定期金賠償の判断を行うのは、極めて無責任な対応というほかない。
Xのように、重度の後遺障害を負った者の介護には、多額の費用が必要である。Xらの意思に基づかずに定期金賠償の判断が下された場合、X及び家族は不安を抱きながら生活・介護を続けざるを得ず、○○共済が経営破綻に陥った場合には十分な介護費用さえ確保できない事態に陥りかねない。
本件において定期金賠償が不適当な賠償形態であることが明らかである。
⑶望まない法律関係の強制
Xらは、これまでの対応から、被告・○○共済の担当者・被告代理人(○○共済の顧問)に対し、極めて強い不信感を抱いている。
特に、○○共済の担当者・被告代理人の対応に鑑みれば、将来、適当な理由をつけて定期金の支払を停止・減額し、Xらの経済的困窮につけ込んで自らの負担を少なくしようと画策しかねない。かかる事態に陥れば、Xの介護に専念したくても、民訴法117条に基づく変更の訴えなどへの対応に労力を割くことを余儀なくされる虞がある。
だからこそ、Xらは、一時金賠償で本件を終結させ、被告及び○○共済との関係を絶ち、Xの介護に専念する環境を整えたいと考えているのである。
しかし、Xらの意思に反し、裁判所が定期金賠償を認めれば、Xらは数十年という長期間にわたり、被告や○○共済と法律関係を持つことを強制されてしまう。裁判所が法律関係の形成を認めることは、Xらを更なる不安に陥れ、精神的苦痛を与える結果となってしまう。
⑷期間
東京高裁平成15年7月29日判決は、定期金賠償を行う期間について、「死亡又は平均余命の84歳に達するまでのいずれかの時期まで」としている。
しかし、これには大きな誤りがある。Aが平均余命の84歳を越えて生存する可能性も否定できないにもかかわらず、84歳以降の定期金の支払が認められていない。
『平均余命以上に生存するはずがない』との判断が前提にあると思われるが、裁判所が勝手に余命を制限しており、明らかに不適切である。