交通医療研究会

腕神経叢損傷

2023.05.18

第1.腕神経叢損傷

1.定義・概念
腕神経叢は,C5~C8の脊髄神経前枝の全部およびTh1の前枝の大部分からつくられる。

2.原因・症状
【原因】
腕神経叢損傷は,ほとんどがオートバイによる交通事故で,上肢が不自然な肢位で投げ飛ばされたり,頭頚部や肩甲部に牽引力が加わって損傷されるものである。鎖骨や上腕骨などの骨折や,鎖骨下動脈損傷を合併しやすい。
なお,胸郭出口症候群によっても起こるとされている。
ア神経根引き抜き損傷
脊髄神経根が脊髄から引きちぎられ,硬膜外に引き抜かれたもの
イ断裂
神経が脊髄より末梢で損傷されたもの
ウ軸索損傷
神経外周の連続性は保持され,軸索のみが損傷されているもの

【症状】
頚部が伸展し,肩甲部が下方に牽引されると上位型麻痺が起こり,肩の外転,肘の屈曲,前腕の回外が障害される。
上肢が挙上位のまま牽引力をうけると下位型麻痺となり,手指の麻痺が生じる。

(麻痺のパターン)
①第5,6神経根または上神経幹の麻痺による上位型
②第8神経根と第1胸髄神経根または下神経幹の麻痺による下位型
③全体が麻痺する麻痺型

3.診断
・MRI
・脊髄造影
・ミエログラフィー
(引き抜き損傷であれば,造影剤が漏出する)
・軸索反射
・ヒスタミン皮下注射
ヒスタミンを神経支配領域に皮下注射して,その部位に発赤・腫脹が生じれば,引き抜き損傷ではなく,より遠位の損傷である(腕神経叢を形成する脊髄神経では,神経根部にはまだ交感神経成分は存在しないことから,理論上,引き抜き損傷によって交感神経の機能障害はないから)。

4.治療
【神経根引き抜き損傷の場合】
たとえ神経根を元来の位置に復しても中枢神経の損傷であるため神経回復は望めないから,神経移植術,筋移植術で対処する。また,肩の挙上再建,肘の屈曲再建を行う。
【神経根引き抜き損傷でない場合】
神経修復の効果が期待できるため,損傷形態により,神経剥離術,神経縫合術,神経移植術が選択される。

第2.交通事故損害賠償における争点

上肢の用廃ないし機能障害を伴う腕神経叢損傷(腕神経叢麻痺麻痺)については腕神経叢損傷の存在自体が争いとならないことが多いが,疼痛,しびれ頭の神経症状については,腕神経叢損傷の存在自体が争われ,他覚的所見が欠如を理由にその存在が認定されず14級どまりの認定となっている判例が散見される

【参考判例】
①名古屋地裁 平成14年9月13日判決
②京都地裁 平成16年3月31日判決

【①名古屋地裁 平成14年9月13日判決】

<判旨>

「次に、原告が頸部神経系障害として主張する左上下肢等の神経障害については、上記1ないし5に判示したところによれば、本件鑑定結果も指摘するとおり、原告の場合、受傷は頭部顔面挫傷・両上腕挫創(上腕筋挫傷)・右肩関節挫傷・下顎骨骨折であり、後頭部打撲等はないこと、受傷後神田病院入院時の症状及び退院後平成8年2月ころまでの症状は、頭痛、上腕痛、上腕の脱力感、筋力低下やしびれ感程度であったこと、神経支配に一致した知覚障害や筋力低下は認められていないこと、自覚症状のみで、他覚的に神経学的検査で納得できる所見がないこと、MRI検査・レントゲン検査の結果では、頸椎症性変化はC6−7椎間に見られるのみで、これに比して左上肢C3~C7領域にあるとされる痺れの範囲は広すぎること、MRI検査・レントゲン検査の結果では、大きな椎間板ヘルニア突出はないし、脊髄損傷、神経根損傷を来すほどの経年性変化も見られないこと、受傷時及び入院後も腕神経叢損傷を思わせる神経所見はないことが認められるのであって、これらの諸点に照らすと、本件鑑定結果の述べるとおり、原告には脊髄・神経性障害ないし頸部神経系障害として肯認し得るものはなく、肯認できる身体障害は、左上腕筋挫傷に伴う異常感覚(痺れ感)と軽度の筋力低下の限度であるものと認めるのが相当である。」
「後遺障害については、本件鑑定結果にあるとおり、自覚症状のみであって、他覚的な神経学的検査等による所見がないこと、並びに、その感覚異常及び筋力低下の程度は軽度であることに鑑み、その後遺障害の程度は、自賠法施行令別表の後遺障害等級14級10号「局部に神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当であり、これを超える後遺障害があるものと認めるに足りる証拠はない。」

【②京都地裁 平成16年3月31日判決】

<概要>

原告は、「右上半身の筋萎縮、腫脹、不全麻痺、筋力低下、右肩関節の変位(廃用性筋萎縮)等の症状が生じ、原告が丸太町病院を受診したところ、筋電図検査

の結果で神経損傷が判明し、上記の各症状は、本件事故の際に右腕が引っ張られたことにより神経が脊髄から引き抜かれ、右腕神経叢が損傷したことによるものであると診断された。」として、「右腕神経叢損傷に起因する神経障害、筋萎縮、肩関節変位等により、肉体的労働のみならず、書記的事務能力も相当減退した状態にあり、特に軽易な労務以外の労務に服することができない状態にある。この後遺障害は、後遺障害等級3級3号に該当する(仮にそうでないとしても、同5級2号に該当する。)。」と主張したが、否定された

<判旨>

「上記認定によると、本件事故発生当日(平成7年8月31日)における原告の訴えは、頭痛及び背部痛等というものであり、また、頸部レントゲン検査の結果で異常所見がなかった上、神経学的な異常所見も全く認められなかったというのであり、しかも、事故発生から約1週間後に行われた血液検査の結果で、炎症所見を示すデータがなく、その時点で頸部の炎症症状が既に消退したものと考えられたことから、早くもリハビリテーション(頸部介達牽引)が開始されたというのであるから、本件事故による原告の受傷は軽微な頸椎捻挫ないし外傷性頸部症候群にすぎなかったものと認められる。」
「これに対し、原告は本件事故により右腕神経叢損傷を受傷したと主張するが、仮に、原告が真実本件事故により右腕神経叢損傷を受傷したのだとすれば、原告には、本件事故発生直後に神経学的異常所見が認められたはずであり、また、筋力低下も比較的短期間のうちに生じたものと考えられるにもかかわらず、上記認定によると、少なくとも平成10年4月ころまでの間、原告には一貫して神経学的異常所見がみられず、また、MMTの結果も正常であったというのであるから、たとえ、原告が、その後、右腕神経叢損傷(あるいはその疑い)と診断されたとしても、それが本件事故と因果関係を有するものではないことは明らかである。なお、上記診断が適切なものであったか否かの点は、上記判断を左右しない。」

daichi library
youtube
instagram
facebook
弁護士ドットコム

お電話

お問い合わせ

アクセス