コラム

脊髄損傷③(運動機能障害)

2021.11.17
  • 脊髄損傷③(運動機能障害)

脊髄が損傷すると、脳から出された運動に関する指令が、身体の各部に伝わらなくなるため、運動機能障害が引き起こされます。今回のコラムでは、この運動機能障害について解説します。

第1.脊髄損傷の基本的な病態
脊髄が損傷してしまうと、損傷した髄節から下位に、様々な症状が現れます。
主な症状は、以下のような身体機能の消失や低下です。
①運動機能の消失・低下
②感覚(痛み、温度、触覚など)の消失・低下
③直腸と膀胱の機能消失・低下
④呼吸器、消化器、泌尿器などの内臓機能の消失・低下
⑤自律神経機能の消失・低下
今回のコラムでは、これらの症状のうち、①運動機能の障害について説明します。
 
第2.損傷した髄節による症状の違い
脊髄を損傷すると、損傷した髄節以下の筋が麻痺し、運動機能が障害されます。このため、どの髄節に損傷が生じたのかによって、運動機能障害の現れ方に違いが生じます。
まず、大きく、頚髄と胸髄・腰髄に分けて症状の特徴を説明した後、細かく解説したいと思います。 
1.頚髄と胸髄・腰髄の損傷の違い
⑴頚髄損傷
頚髄を損傷した場合、両上肢、体幹、両下肢に麻痺が生じます。これを「四肢麻痺」と呼びます。
1.頚髄と胸髄・腰髄の損傷の違い

頚髄の中でも、どの髄節に損傷が生じたかによって、麻痺の程度に大きな違いが生じます。これによって、必要な入院治療の期間や内容、必要なリハビリテーションの期間や内容、日常生活などにも大きな影響が及びます。
特に、頚髄の高位(首の上方。通常はC5より上)で損傷した場合は、大きな影響が生じます。この場合、手指の機能が障害されるだけでなく、呼吸筋までもが麻痺してしまうため、人工呼吸器による呼吸管理が必要になることもあるためです。 
1.頚髄と胸髄・腰髄の損傷の違い
※ 残存機能の分類
改良Zancolli(ザンコリィ)分類は、頚髄の髄節ごとに、残存している運動機能と日常生活動作のゴールの目安をまとめたものです。頚髄の髄節ごとの症状を分類しているため、損傷高位を判定するための指標としても用いられています。1.頚髄と胸髄・腰髄の損傷の違い  
1.頚髄と胸髄・腰髄の損傷の違い
⑵胸髄・腰髄損傷
胸髄や腰髄を損傷した場合も、どの髄節を損傷したかによって、麻痺の程度に大きな違いが生じます。
第6胸髄までを損傷した場合(高位の胸髄損傷)は、腹筋も背筋も効かなくなるため、体幹の保持が困難になります。このことが、それより下の髄節(低位の胸髄・腰髄の損傷)を損傷した場合との大きな違いです。
胸髄・腰髄損傷の共通点は、両下肢の運動機能を失うことです。
⑵胸髄・腰髄損傷  
2.損傷した髄節と生じる麻痺の関係
どの髄節を損傷したかによって、現れる麻痺の症状に違いが生じます。
それを整理したのが、以下の表です。
注意しておきたいのは、損傷した髄節に対応する症状が現れるだけでなく、より下位の髄節に対応する全ての症状も現れるという点です。
なお、同じ髄節を損傷していても、損傷の程度によって、麻痺などの現れ方が大きく異なることがあります。この表に記載された症状は、あくまでも標準的な症状だとお考えください。 

2.損傷した髄節と生じる麻痺の関係  
3.運動機能障害の分類
すでに説明した通り、頚髄損傷では、両上肢、両下肢、体幹の機能を失って「四肢麻痺」となります。これに対し、高位の胸髄損傷では「体幹」と「両下肢」、腰髄損傷では「両下肢」の機能を失います。
ここでは、麻痺の現れ方を分類しておきます。
①四肢麻庫
両上肢・両下肢の麻痺
通常、体幹の麻痺も含む。
①四肢麻庫

②対麻痺 
両上肢または両下肢の麻痺
これ以外にも、③④の類型がありますが、この2つは、通常、脳損傷によって発生する麻痺の形態であり、脊髄損傷で発症することはほぼありません。
②対麻痺 

③片麻痺
片側の上下肢の麻痺
③片麻痺

④単麻痺
上肢または下肢のうち一肢のみの麻痺
④単麻痺
第3.損傷の程度
同じ髄節で脊髄が損傷された場合でも、損傷の程度が同じだとは限りません。
損傷した髄節を横断面(輪切りにした状態)で確認すると、
・横断面の全域が損傷されているのか
・一部だけを損傷しているのか
という違いがあるのです。
そして、同じ髄節を損傷していたとしても、損傷の程度が異なっていれば、麻痺などの症状の現れ方に違いがあります。
1.完全損傷
横断面(輪切り)の全域が損傷されている状態をいいます。
完全損傷では、損傷された髄節を境にして、脊髄の上部と下部の伝導(連絡)が完全に途絶えてしまいます。このため、損傷した髄節から下位の運動機能と知覚が完全に麻痺してしまいます。この場合の麻痺を「完全麻痺」といいます。 
2.不完全損傷
横断面(輪切り)の一部分だけが損傷されている状態のことです。
損傷されている範囲については脊髄の上部と下部の伝導(連絡)が途絶えます。これに対し、損傷されていない範囲については、伝導(連絡)が保たれます。このため、運動機能や知覚が完全に麻痺することはなく、部分的に運動機能や知覚が残存しています。この場合の麻痺を「不完全麻痺」といいます。
 
※「損傷の程度」によって生じる「症状の違い」を整理したものが「フランケル(Frankel)分類」です。現在は、その改良版が用いられています。
なお、「脊髄ショック」の状態では、損傷した髄節から下位の脊髄機能が全て失われているため、損傷の程度を判別できません。このため、完全損傷か不完全損傷かの判定は、「脊髄ショック」の状態から離脱した後に行います。

改良フランケル(Frankel)分類
改良フランケル(Frankel)分類  
※ 膀胱機能は分類に考慮しません(通常D・Eでは自力排尿)
※ 症状に左右差がある場合は、左右それぞれを評価します(左B2、右C1など) 

3.後遺障害等級の認定における麻痺の分類
後遺障害等級を認定する場面では、脊髄損傷によって生じる麻痺の程度を考慮します。
後遺障害等級の認定基準では、麻痺の程度を以下のように分類しています。 
⑴高度の麻痺
障害のある上肢または下肢の運動性・支持性が「ほとんど」失われ、障害のある上肢または下肢の基本動作(下肢においては歩行や立位、上肢においては物を持ち上げて移動させること)が「できない」状態をいいます。
具体的には、以下の状態が該当します。
①全部位
完全強直またはこれに近い状態にあるもの
②上肢
・三大関節および5つの手指のいずれの関節も自動運動によっては可動させることができない状態、または、これに近い状態
・随意運動の顕著な障害により、障害を残した一上肢では物を持ち上げて移動させることができない状態
③下肢
・三大関節のいずれも自動運動によっては可動させることができない状態、または、これに近い状態
・随意運動の顕著な障害により、一下肢の支持性および随意的な運動性をほとんど失った状態

③下肢

⑵中等度の麻痺
障害のある上肢または下肢の運動性・支持性が「相当程度」失われ、障害のある上肢または下肢の基本動作に「かなりの制限がある」状態をいいます。
具体的には、以下の状態が該当します。
①上肢
障害を残した一上肢では仕事に必要な軽量の物(概ね500g)を持ち上げることができない状態、または、障害を残した一上肢では文字を書くことができない状態
②下肢
・障害を残した一下肢を有するため、杖もしくは硬性装具なしには階段を上ることができない状態
・障害を残した両下肢を有するため、杖もしくは硬性装具なしには歩行が困難である状態 

⑵中等度の麻痺
⑶軽度の麻痺
障害のある上肢または下肢の運動性・支持性が「多少」失われており、障害のある上肢または下肢の基本動作を行う際の「巧緻性および速度が相当程度損なわれている」状態をいいます。
具体的には、以下の状態が該当します。
①上肢
障害を残した一上肢では、文字を書くことに困難を伴う状態
②下肢
・日常生活は概ね独歩であるが、障害を残した一下肢を有するため、不安定で転倒しやすく、速度も遅い状態
・障害を残した両下肢を有するため、杖もしくは硬性装具なしには階段を上ることができない状態

⑶軽度の麻痺
 
第4.まとめ
後遺障害等級の認定では、脊髄損傷によって生じる多様な症状のうち運動機能障害が重視されます。このため、運動機能障害について、しっかり理解しておくことが重要です。
次回は、運動以外の症状について解説します。

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