コラム

脊髄損傷⑧(生活の場所)

2022.06.23
  • 脊髄損傷⑧(生活の場所)

脊髄損傷の中でも、頚髄損傷は、とても重い後遺障害です。頚髄損傷の患者は、日常生活の全般にわたって介護を必要とし、医学的ケアも必要になります。このような状態にある頚髄損傷の患者の生活場所について考えてみたいと思います。

第1.初期の入院治療
1.入院治療
交通事故によって脊髄損傷を負ってしまった場合、初期は、「脊髄ショック」という重篤な状態になるため、入院加療が必要になります。
当初は急性期病院に入院することが通常ですが、2~3か月もすれば症状が安定してくるため、回復期病院への転院を求められます。そして、その後、3~5か月程度で退院を求められることが多いようです。
患者を看護しながら転院先を探すことになるため、家族は、大きな負担を負うことになります。また、患者にとっては、移動や環境の変化が大きな負担になります。
1.入院治療

2.遷延性意識障害との違い
遷延性意識障害の患者の場合、長期の安定した入院先として、自動車事故対策機構(NASVA)が設置する療護センターや委託病床があります。これらの医療機関であれば、最長で3年間の入院が可能です。
これに対して、脊髄損傷の患者には、これらのような長期間の入院が可能な医療機関がありません。このため、脊髄損傷の場合には、早い段階で、将来の生活場所を決定することが必要になります。

1.入院治療    
第2.将来的な生活場所の選択肢
1.症状による違い
⑴胸髄損傷・腰髄損傷
脊髄損傷のなかでも、胸髄損傷・腰髄損傷であれば、上肢に重度の障害が現れる可能性は低いです。このため、立ち上がり、自由な移動、排尿・排便などに問題が生じるものの、上肢だけを使う日常生活動作は自立していることが多いです。
このため、生活環境を十分に整えた上で、自宅での生活に戻ることが第一の選択肢になります。
⑵頚髄損傷
頚髄損傷の場合、体幹や下肢だけでなく、上肢にも重度の障害が現れます。また、高位の頚髄損傷であれば、上肢の自動運動がほぼ不能になり、寝たきりの生活になってしまいます。
この状態では、日常的に医療的な措置が必要だったり、手厚い介護が必要になり、「患者の生活場所をどうするのか」という問題が生じます。
1.症状による違い
以下の説明は、頚髄損傷(重症の脊髄損傷)を前提にしていると考えて下さい。
2.選択肢
患者の症状が安定してくると、将来的に患者が生活していく場所を検討する時期になります。
脊髄損傷の患者の生活場所として、考えられる選択肢は、大きく分けると以下の2つになると思います。
①病院・施設
②自宅
以下、どのような要素を考慮して、患者の生活場所を決めるべきかを説明します。
3.メリットとデメリット
それぞれの選択肢には、メリットとデメリットがあります。
これらの要素を考慮して、生活場所を決めることになります。
⑴病院・施設
①メリット
・家族の介護負担を減らせる。
・自宅の改造・介護器具の購入などの対応・支出が不要になる可能性が高い。
②デメリット
・重度の脊髄損傷の患者の死因の多くは肺炎であり、これに罹患する危険は病院や施設の方が高いといわれている。
・家族が実施するほどの細やかなケアを受けられない可能性がある。
⑵自宅
①メリット
・家族が献身的に介護することによって、十分なケアが行われ、全身状態の維持・改善が見込める。
・他の重症患者と離れた状況であるため、肺炎にかかる危険性が低い。
②デメリット
・介護サービスを利用する可能性が高く、介護費用が高額になる。
・介護サービスを利用しても、家族の介護負担が大きくなる可能性が高い。
・自宅での生活が継続できなくなった時点で、受入先を確保する必要がある。
  
第3.考慮すべき要素
では、重度の脊髄損傷の患者の生活場所を決める時に、どのような事情を考慮したら良いのでしょうか。 
1.患者や家族の希望
生活場所を選択する上で、患者や家族の希望は、できる限り重視されるべき事情です。
①患者の希望
脊髄損傷の患者は、自らの意思を表明できます。
患者本人の意思は、できる限り重視されるべきですから、その意思に従って、生活場所が選択されるべきです。
②家族の希望
患者が自宅で生活することになった場合、家族が介護する場面が必ず生じます。このため、家族の介護能力が不十分だったり、介護を行う意欲を欠いていれば、患者が自宅で生活することは難しいと判断せざるを得ないと思います。
ここで注意すべきことがあります。それは、家族が「自宅では介護できない」と考える原因の1つに、知識不足があることです。例えば、介護サービスを利用したり、自宅を改造することによって、介護の負担を軽減できます。そして、介護サービスや自宅改造に必要な費用は、損害賠償の対象になります。この知識がないまま、「自宅では生活させられない」と考えてしまうのは禁物です。弁護士に相談するなどして十分な知識を得た上で、慎重に判断して欲しいと思います。
1.患者や家族の希望2.患者の状態
患者の状態も重要な要素です。
医学的に「自宅での生活は不可能」と判断されている場合は、自宅での生活は諦めざるを得ないと思います。
例えば、呼吸の状態が不安定であるため人工呼吸器を外せないなど、医学的管理が必要な状態などであれば、自宅での生活に移行することは難しいと考えざるを得ないでしょう。
ただし、この場合の医学的な判断は、住宅を改造したり、十分な介護サービスを確保するなどして、適切な住環境を整えた状況を前提として判断されるべきです。 
3.介護態勢
⑴家族の介護能力
患者が自宅で生活するなら、家族が介護する場面が必ず生じます。とすれば、家族に患者を介護する能力が欠けていれば、患者が自宅で生活することは難しくなります。
ただし、家族が介護できる能力を有しているか否かは、介護サービスを利用すること、自宅を介護仕様に改造することなどを前提とした上で判断すべきです。
例えば、就労を続けるため、家族が不在になる時間帯があるというケースを考えます。この場合でも、介護サービスを利用することによって、家族が不在の時間帯にも十分な介護が可能であれば、自宅での生活も可能と判断できます。
また、家族には、介護に関する知識がないと思います。この点については、介護が始まるまでに、介護に関する知識・技術を習得しておけばよいのです。患者が入院している間に、付添看護を行うなどしながら、徐々に習得していくケースが多いと思います。また、自宅での介護が始まってからでも、看護師やヘルパーから技術や知識を教えてもらってください。介護技術に関する書籍を読んでおくこともお勧めします。
⑵介護サービス
自宅で生活することを選択した場合、
・『障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス』を利用する場合
障害支援区分認定
・『介護保険法に基づく介護サービス』を利用する場合
要介護認定
を受けます。その上で、患者や家族の状態などを考慮して、必要な介護サービスのプランを作成してもらいます。3.介護態勢 3.介護態勢通常、看護と介護を組合せたプランになりますし、介護の中でも、訪問介護とデイサービスを組み合わせることが多いでしょう。 
4.住環境の整備
脊髄損傷の患者が自宅で生活するためには、患者の状態や必要な介護内容に適した環境を整備する必要があります。
例えば、自宅を介護仕様の設備が整ったものに改造する、必要な介護器具を購入して設置するなどの対応です。
⑴住宅の改造
一般の住宅は、健常人が生活することを前提として設計されています。このため、脊髄損傷の患者が生活するには、以下のような問題があります。
・住宅の出入口に段差があるため、車いすに乗ったままでは出入りができない。
・自宅内にも段差が多く、車いすが乗り越えることが難しい。
・自宅内の通路や扉の幅が狭く、車いすが通れない。
・居室が狭く、ベッド・車いすを置くスペース、介護を行うスペースがない。
・風呂・トイレにも段差があったり、介護のためのスペースがない。
これらの問題は、自宅を改造(リフォーム)することなどによってクリアできます。そして、改造に要した費用は、内容に応じて、損害賠償の対象となります。
また、状況によっては、新たに物件を購入することを選択すべき場合もあります。
⑵介護器具の購入
脊髄損傷の患者が生活するには、器具類の購入も必要になります。
例えば、以下のものが必要になることが多いです。
・介護ベッド
・体圧分散マットレス
・車いす
・移乗用リフト
・吸引器
・ネブライザー
これらの購入費は、損害賠償請求の対象になります。また、通常、一定期間ごとに買替えが必要になるので、買替え分の購入費も損害賠償請求の対象になります。
 
第4.まとめ
今回、脊髄損傷の患者の生活場所を決めるときに考慮すべき要素などについて説明しました。どちらを選択するにしても、難しい決断を迫られると思います。
弁護士は、これまでに取り扱った事案の経験をふまえて、どちらを選択すべきかをアドバイスします。また、受けとれる賠償金の見込みなどを説明し、実際に十分な額の賠償金を受け取ることによって、資金面からの制約を受けないように努めることになります。
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