高次脳機能障害は、外見からだけでは把握することが難しいため、「見えない障害」と呼ばれています。また、高次脳機能障害の症状は、多岐にわたっているだけでなく、併存していることが多いため、理解することが難しいことも特徴です。
全7回に分けて、高次脳機能障害について説明しますので、参考にしていただきたいと思います。
Ⅰ.高次脳機能障害とは1.定義
高次脳機能とは、知識に基づいて、行動を計画し、実行する精神活動をいいます。これに障害が生じている状態が、高次脳機能障害です。
2.発症原因による高次脳機能障害の分類
⑴発症の原因による分類
高次脳機能障害は、発症の原因によって、以下のように分けることができます。
・病気によって生じる場合(脳梗塞・脳内出血・アルツハイマーなど)
・外傷によって生じる場合
⑵加害者の有無による分類
加害者の有無によって以下のように分類できます。
加害者がいない場合
・病気によって生じる高次脳機能障害
・自己責任で外傷を負った場合(例:階段でつまずいて転倒して頭を強打したような場合)
加害者がいる場合
・交通事故
・暴行事件など
加害者がいない場合には、損害賠償請求の問題は生じないので、法的な観点からは、この分類も重要です。
3.この記事で対象とする高次脳機能障害
この記事では、「交通事故によって脳に損傷を負ったことが原因となって発症した」高次脳機能障害をテーマにしています。以下の文章で、高次脳機能障害という場合、この意味の高次脳機能障害を前提にしています。
Ⅱ.脳の構造と機能
1.大脳
大脳は、大きく前頭葉・頭頂葉・側頭葉・後頭葉に分けられます。
そして、それぞれの部位が担っている主な機能は、上の図のとおりです。
2.小脳・脳幹
脳は、大脳の他に小脳・脳幹から構成されます。
小脳・脳幹が担っている主な機能は、上の図のとおりです。
3.損傷部位と発生する障害との関係
脳の部位によって、担っている主な機能が異なります。このため、どの部位が損傷されたのかによって、どんな症状が現れるのかが推測できるのです。
ただし、外傷によって脳が損傷された場合、脳の一部分だけが限定的に損傷されていることは少なく、他の部分にも損傷が広がっていることが多いです。
このため、外傷による脳損傷では、いくつもの機能に障害が生じることが多いです。
Ⅲ.高次脳機能障害の症状
1.主な症状
⑴高次脳機能障害の主な症状は、主に認知障害と人格変化に分類されます。
「認知障害」には、記憶・記銘力障害、注意障害、遂行機能障害、病識欠落などが含まれます。
例えば、新しいことを学習できない、周囲の状況に合わせた適切な行動ができない、危険を予測・察知できない、複数の仕事を並行して処理できない、行動を計画し実行することができない、などの症状のことをいいます。
「人格変化」とは、感情のコントロール障害(感情易変、易怒性)、幼稚性、羞恥心の低下、自発性の低下、被害妄想、などの症状を挙げることができます。
⑵これらの症状があると、自分の生活を管理できない、対人関係を維持できない、社会参加ができない、障害を自覚できないなどの問題が現れます。
そして、就学や就労ができず、自宅に引き籠もりがちになることもあります。このような状況に陥り、他の家族との衝突が起きるようになると、家族にかかる負担も大きくなってきます。
⑶以下の項目で、高次脳機能障害で現れる主な症状について、個別に説明していきます。
2.注意障害
⑴注意障害とは、以下のような症状の総称です。
・いくつかある刺激の中から、特定の対象に注意を向けることができない(注意選択の障害)
・注意を集中し続けることができない(注意集中困難・注意の持続障害)
・注意が他の関係のない刺激へと逸れやすい(注意転導性の亢進)
・1つの刺激から他の刺激に注意を切り替えることができない(注意転換の障害・注意の固着)
・2つ以上の刺激に同時に注意を配ることができない(注意分配の障害)
⑵注意障害があると、作業の能率が低下して、家事や仕事などにおいて所定のことを行うのに時間がかかってしまいます。
また、日常生活において、誤って器具を扱ったり、火を消し忘れて外出したり、外出の際に信号を見落とすなどの不注意な行動をとってしまいます。これによって、事故に遭ったり、怪我を負ってしまうなどの危険な状況を引き起こす可能性があります。
障害のある人に、どの程度までのことなら1人で安全に行えるかを知ってもらい、1人で行う時はその範囲内で行動をしてもらうように理解してもらうことが重要です。しかし、本人に障害についての理解がなく、行動の制限に納得してもらえない場合は、絶えず見守りが必要となることもあります。
⑶注意障害の有無や程度を明らかにするための検査には、以下のものがあります。
・標準注意検査法(CAT)
・Trail Making test
・仮名ひろいテスト
3.記憶障害
⑴記憶の過程は、記銘(覚える)・保持(貯える)・想起(想い出す)という3段階に分けて考えられています。
頭部外傷を原因とする高次脳機能障害では、
・日常生活の出来事についての記憶(エピソード記憶)が困難になる(健忘症)
・新しいことを覚えられず、学習ができなくなる(記銘力障害)
・発症以前の出来事が思い出せない(想起障害)
などがあります。
⑵記憶に障害があると日々の生活に多大な支障が生じることになります。また、記憶障害が重度な場合、帰り道が分からないのに外出してしまうなどの危険性があるため、見守りが必要になる場合もあります。
⑶記憶障害の有無や程度を明らかにするための検査には、以下のものがあります。
・三宅式記銘力検査
・ベントン視覚記銘力検査
・レイ複雑図形検査
・ウェクスラー記憶検査(WMS-R)
・リバーミード行動記憶検査(RBMT)
4.遂行機能障害
⑴遂行機能には、
①目標の設定
②プランニング
③計画の実行
④順序だった効果的な行動
という4つの要素が動員されます。
また、①~④までの過程を通じて、自分の行動を常に監視・評価していく機能も必要とされています。
⑵遂行機能に障害がある場合、知能検査などの成績には特に支障がなくても、一定の仕事を継続していくことが難しくなります。以下のような問題点が遂行機能障害に関連すると言われているようです。
【行動】
・思いついたことを何も考えずに行動に移す。
・自分の問題の深刻さを正しく理解できず、将来について現実的な見通しを持てない。
・ごくささいな事で腹を立てる。
・状況を考えて、どう振る舞うべきかを気にしない。
・落ち着きがなく、少しの間でもジッとしていられない。
・自分の行動を他人がどう思っているかに関心がない。
【認知】
・実際にはなかったことを本当にあったかのように思いこむ。
・物事に集中できず、すぐに気が散ってしまう。
・物事を決断できない。
【情動】
・物事に対して無気力である。
⑶遂行機能障害の有無や程度を明らかにするための検査には、以下のものがあります。
・BADS
・ウィスコンシン・カード・ソーティング・テスト
・ハノイの塔テスト
5.行動と感情の障害
⑴行動と感情の障害では、
・感情の起伏が激しくなった。
・暴言・暴力など人への攻撃が激しくなった。
・自分から何もやろうとしなくなった。
・いつも不安を感じている。
などの症状が訴えられます。
⑵これらの症状があると、対人トラブルを起こしやすいため、本人が困るだけでなく、一緒に生活している家族にとっても大きな負担になることが多いです。
また、行動と感情の障害によって生じる問題は、就労の場面においても大きな支障となってしまうため、実際の就労を阻害する要因となってしますます。
⑶現時点で、行動と感情の障害の程度を把握するための検査は存在しないとされています。
Ⅳ.まとめ
ひとまず、今回は、高次脳機能障害の症状などについて解説しました。
高次脳機能障害を発症すれば、日常生活や就労に多大な支障が生じることが多いです。
高次脳機能障害を疑った時点で、速やかに専門医を受診し、症状を把握してもらうとともに、リハビリを実施して可能な限り能力を改善させることが重要です。