近時、軽度外傷性脳損傷(mild traumatic braininjury。略してMTBIと呼ばれることもあります)によって高次脳機能障害を発症したとして、自賠責保険の後遺障害認定を求めたり、損害賠償請求を行う事案が増加しています。
今回は、この軽度外傷性脳損傷(MTBI)について説明したいと思います。
Ⅰ.軽度外傷性脳損傷(MTBI)とは
軽度外傷性脳損傷(MTBI)とは、受傷時の意識障害に着目した概念です。
「軽度」というのは、あくまでも受傷時の意識障害の程度や持続時間が軽かったことを意味しているだけで、続いて生じる症状が軽いということではありません。近時、交通事故によって軽度の頭部外傷を負っただけの場合、また、むち打ちを負っただけで頭部に外傷を負っていない場合であっても、高次脳機能障害を発症したと訴えている事案が数多く見られるようになっています。このため、この軽度外傷性脳損傷(MTBI)によって高次脳機能障害を発症したといえるかが、大きな問題となっています。
Ⅱ.自賠責保険での認定状況
近時、医学会でも軽度外傷性脳損傷(MTBI)の症例が取り上げられることが増え、自賠責保険の認定実務や裁判手続でも、軽度外傷性脳損傷(MTBI)に該当すると主張して、後遺障害認定や損害賠償請求を求める事案が多くなっています。
このため、「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」において、軽度外傷性脳損傷(MTBI)の特徴である
①軽度の意識障害
②画像所見が明らかではない
という事情が見られる事案について、自賠責保険の運用を変更し、後遺障害としてに認定すべきか否かが検討されました
検討の結果は、最新(2018年)の報告書として公表されています。ここでは、報告書の内容を参考にして解説を加えていきます。
Ⅲ.脳の器質的損傷を裏付ける画像検査
脳に器質的損傷があるか否かを判断するに当たって、CT・MRIが有用な検査資料であるという従前からの考え方に変更はありませんでした。
つまり、自賠責保険において、脳外傷による高次脳機能障害と認定されるためには、CT・MRIによって、交通事故によって「脳に器質的損傷が生じたこと」が確認できる必要があるということです。
ところで、軽度外傷性脳損傷(MTBI)が問題となる事案において、脳外傷による高次脳機能障害と認定してもらうためには、以下に記載した点を十分に理解しておく必要があります。
1.撮影装置・撮影方法
①MRIを撮影すること
軽度外傷性脳損傷(MTBI)が問題となる事案では、微細な脳損傷を検出する必要があります。空間分解能が劣っているCTでは、検出できる可能性が低いことから、空間分解能に優れたMRIの撮影を受けることが重要です。
②3テスラのMRIで撮影すること
MRIは、大きな磁石によって生まれる『強い磁場』を用いて画像を得る装置です。そして、テスラとは、磁力(磁束密度)の単位であり、磁力が強いほど、高画質の画像が得られます。
現在、最大で7テスラのMRIがあるそうですが、装置が大きく、高重量であるため、広くて丈夫な検査室が必要ですし、磁気シールドの強化も必要です。このため、多くの医療施設は1.5テスラか3テスラのMRIを導入しています。
微細な脳損傷を把握するためには、3テスラのMRIで撮影することが重要です。
③撮影方法としてT2*・SWIを選択すること
MRIには、T2強調画像、T2*、DWI、FLAIR、SWIなど、何種類もの撮影方法があります。これらの中でも、T2*やSWIで撮影すれば、微細な脳損傷が検出できる可能性が高まります。
④SPECT、PETなどは補助的な検査所見であること
軽度外傷性脳損傷(MTBI)が問題となっている事案において、CT・MRIでは脳の器質的損傷が把握できなかった場合に、SPECTやPETなどの検査結果で異常所見が得られたことを根拠にして、脳外傷による高次脳機能障害を主張する例があります。
しかし、SPEC、PET、DTIなどの検査は、健常者との比較、脳器質性病変との関連、画像処理方法など点について研究段階にあります。このため、これらの検査所見のみで、脳の器質的損傷の有無、認知・行動面の症状と脳の器質的損傷との因果関係、障害の程度などを評価することができません。
補助的な検査所見として参考になる場合として、当初のCT、MRIによって脳損傷が把握できていたのに、時間が経過して損傷所見が消失した場合などおいて、CT、MRI以外の検査において整合性のある一貫した所見が認められていることが挙げられています。
2.検査を実施すべき時期
①できる限り早期にMRIを撮影すること
事故直後に撮影したMRIでは「脳の器質的損傷の所見」が確認できたとしても、期間が経過してから撮影したMRIでは「脳の器質的損傷の所見」が消失して確認できなくなる症例があります。微細な脳損傷しか生じていないと考えられる軽度外傷性脳損傷(MTBI)では、より消失する可能性が高いと考えられるため、できる限り早期の撮影が重要になります。
②経時的に撮影すべきこと
外傷から3~4週間以上が経過すると、重症例では、脳萎縮が明らかになることがあります。脳実質の損傷が確認できなくても、脳萎縮の所見が得られれば、高次脳機能障害を発症していることの裏付けとなります。このため、軽度外傷性脳損傷(MTBI)においては、定期的にMRIを撮影して、脳の変化を確認しておくべきです。
Ⅳ.意識障害
1.意識障害の重要性
意識障害は、脳に機能的障害が生じていることの裏付けの1つです。そして、脳外傷に起因する意識障害が『重度』で持続が『長い』ほど(特に、脳外傷直後の意識障害が6時間以上継続する症例では)、高次脳機能障害が生じる可能性が高く、症状の程度も重度になるとされています。
このため、脳外傷による高次脳機能障害を評価するに当たっては、意識障害の有無・程度・持続時間も重視されています。
2.画像所見と意識障害との総合評価
軽度外傷性脳損傷(MTBI)は、受傷時の意識障害の程度や持続時間が軽かったことを意味しています。この場合に、脳外傷による高次脳機能障害として『後遺障害に該当する』と評価されるためには、画像所見と意識障害とを総合的に評価する必要があります。
そして、その評価は、基本的に以下の3パターンに分類され、それぞれについて検討されています。
①画像所見『なし』、意識障害『なし』
この場合、「脳外傷によって脳実質に器質的損傷が生じたこと」を裏付ける事情がありません。
このため、高次脳機能障害と考えられる症状があり、神経心理学的検査においても異常が把握できていても、脳外傷に起因して高次脳機能障害を発症したと認められない(事故と症状に因果関係がない)と判断されることになります。
②画像所見『なし』、意識障害『軽度』
この場合が、軽度外傷性脳損傷(MTBI)が問題となる症例と考えられます。
これに対して、自賠責保険の検討委員会は、
・WHOが示しているMTBIの定義は、論文集約のために設けられた基準であり、脳に器質的損傷が生じていない場合の症状も含んでいる。
・MTBI後に認められる症状は、中長期的には消失するものであり、症状の遷延には心理社会的因子の影響があると報告されている。
として、自賠責保険において事故後に発生した残存症状との因果関係を判断するための基準とすることは適切でないと結論づけました。
③画像所見『なし』、意識障害『中等度以上』
この場合、中等度以上の意識障害があったにも関わらず、急性期から亜急性期に、CT、MRIが撮影なされていなかったという事例が想定されます。
頭部外傷後に症状が発現し、軽快しつつも症状が残存し、神経心理学的検査などに異常所見が認められる場合には、脳外傷による高次脳機能障害と判断されることもあり得ます。意識障害の有無・程度・持続時間を参考に、症状の経過を詳しく検討する必要があります。
Ⅴ.症状の経過
1.事故との因果関係が認められ易い事例
「脳外傷による高次脳機能障害」と「事故」との間の因果関係が認められ易い事例は、
⑴頭部外傷を契機として高次脳機能障害の症状が発現している
⑵次第に軽減しながら、その症状が残存した
というものです。もちろん、重症例においては、症状があまり軽減しない事例もありますが、この場合も因果関係が認められます。
2.事故との因果関係が認められ難い事例
これに対し、因果関係が認められ難いのは、
①頭部への打撲などがあっても、それが脳の器質的損傷を示唆するほどのものではない
②外傷から数か月以上を経てから高次脳機能障害の症状が発現している
③高次脳機能障害の症状が次第に増悪している
などの事情がある事例です。これらの事情がある事例では、脳外傷に起因する高次脳機能障害が発言する可能性は少ないと評価されてしまうのです。
3.対策
軽度外傷性脳損傷(MTBI)が問題となる事例では、上記の②・③に当てはまる事情が見受けられることが多いです。この場合、脳外傷によって高次脳機能障害が発現したと認定してもらえる可能性はかなり少ないと考えざるを得ません。
そこで、この点に対する対策としては以下の点が重要になると思います。初期の対応が重要になることを知っておいて頂きたいです。
※頭部に外傷を負った場合、事故直後から、近親者などの身近にいる方が、被害者の様子をしっかり観察しておく
※被害者の状態に異変を感じたら、医師などに伝え、診療録に記載しておくように求める
※自分でも、日記やメモの形で詳細に記載し、資料として残してておく
Ⅵ.まとめ
現時点における自賠責保険の見解を前提とすれば、軽度外傷性脳損傷(MTBI)が後遺障害として認定される可能性は低いといわざるを得ません。
しかし、後遺障害として認定されない事案の中には、
①事故直後にMRIを撮影していなかった。
②適切なMRIの撮影方法を選択していなかった。
③意識障害の有無・程度・持続時間の確認が不十分だった。
④被害者やその家族が異常な行動などを見落としていたため、高次脳機能障害に気づいた時点が発症時と判断されてしまった。
などの事情がある場合も含まれていると思います。
頭部外傷を負った事案では、事故直後から、高次脳機能障害に詳しい弁護士に依頼し、適切に資料を収集していけば、認定を得られる可能性が高まります。
安易な対応が、後々に悪影響を及ぼす危険性があることをっておいて欲しいです。