コラム

高次脳機能障害⑧(症状固定)

2022.03.09
  • 高次脳機能障害⑧(症状固定)

症状固定と診断されれば、保険会社は、治療費・休業損害などの支払を打ち切ります。また、後遺障害に関する自賠責保険金の請求手続を行えるようになります。
このように、いろいろな効果がある症状固定について、高次脳機能障害の患者に知っておいて欲しい知識を説明します。

第1.症状固定とは
「症状固定」とは、治療を続けたとしても、これ以上の症状の改善が見込めない状態に達したことを言います。
通常、症状の改善が見込めなくなったのですから、症状固定になれば治療を続ける必要がなくなったことになります。
しかし、重篤な高次脳機能障害の患者の場合、経過観察や症状を維持するため、治療を続ける必要がある場合が多いです。症状固定と診断されたからといって、治療を打ち切ることができない場合があります。
つまり、重篤な高次脳機能障害の患者にとっての「症状固定」は、治療を打ち切るという意味ではありません。加害者に対する損害賠償請求の手続を進めるために必要な「区切り」という意味だと考えるべきです。
第1.症状固定とは
 
第2.症状固定の効果
高次脳機能障害の患者が「症状固定」と診断された場合の効果について説明します。
1.保険会社の支払の打ち切り
症状固定と診断されることは、損害賠償請求の手続を進めるための「区切り」としての意味があります。
症状固定と診断される前は、治療費・付添看護費・休業損害という損害項目に該当するものが、症状固定と診断された後は、将来治療費・将来介護費・逸失利益などという異なる損害項目に切り替わるのです。
このため、それまで保険会社が支払っていた治療費・休業損害などの支払(仮払)が打ち切られることになります。
1.保険会社の支払の打ち切り
2.自賠責保険
①後遺障害診断書などの準備
症状固定と診断されれば、主治医に、
・ 後遺障害診断書
・ 神経系統の障害に関する医学的意見
などの後遺障害認定に必要な書類を作成してもらいます。
また、高次脳機能障害の患者の身近にいて、その生活状況を熟知している家族などが、
・ 日常生活状況報告
を作成します。
そして、交通事故証明書や事故状況報告書などの書類を準備した上で、自賠責保険金の請求手続を行うことになります。
この手続を行えば、審査が実施され、後遺障害等級が認定されます。
②自賠責保険金の請求手続
自賠責保険金の請求手続には、
・ 事前認定
   加害者の任意保険会社を通じて請求する方法
・ 被害者請求
被害者が自賠責保険会社に請求する方法
の2種類があります。
後遺障害等級が認定された後、すぐに自賠責保険金を受け取るためには、被害者請求を選択すべきです。
すでに説明した通り、症状固定と診断されれば、それまで保険会社が支払っていた治療費・休業損害などの支払が打ち切られます。被害者のなかには、生活費などが不足する方もいるでしょう。この場合に、被害者請求を選択することで、早期に自賠責保険金を受け取り、経済的にひと息つくことができるのです。
2.自賠責保険
③自賠責保険金の支払
高次脳機能障害の患者は、その症状に応じた後遺障害等級が認定されます。
認定される後遺障害等級と支払われる自賠責保険金の限度額は、以下の通りです。
③自賠責保険金の支払  
なお、高次脳機能障害④(等級の基準:自賠責保険)のコラム🔍では、12級・14級は説明していませんでしたが、高次脳機能障害の症状が軽微な場合には、これらの後遺障害等級が認定される可能性があります。
3.自動車事故対策機構(NASVA)の介護料
自動車事故対策機構(NASVA)のホームページへ🔍
介護料の支給
自動車事故対策機構(NASVA)は、別表第一に定められた後遺障害等級に認定された被害者に対し、介護料を支給しています。
高次脳機能障害の患者は、別表第一第1級1号、別表第一第2級1号に認定されれば、自動車事故対策機構(NASVA)に申請手続を行って、介護料を受給することができます。
②支給額
最重度       特I種 85,310円~211,530
常時要介護(1級)  I種 72,990円~166,950
随時要介護(2級)  Ⅱ種 36,500円~ 83,480
なお、最重度(特Ⅰ種)は、自賠責保険で別表第一第1級に認定された方の中でも、症状が重篤な方を対象としています。
最重度(特Ⅰ種)に該当するかの審査を受けるためには、自動車事故対策機構(NASVA)が用意している『重度後遺障害診断書』を提出する必要があります。該当する可能性がある場合は、主治医に後遺障害診断書などの作成を依頼する時に、一緒に作成してもらうようにしましょう。
③支払月
毎年3月、6月、9月および12月の年4回、各支給月前の3ヵ月分がまとめて支給されます。
④支給制限
別表第一第1級に認定されても、以下の場合には支給されないことになっています。
・ 自動車事故対策機構が設置した療護施設に入院したとき
・ 法令に基づき重度の障害を持つ者を収容することを目的とした施設に入所したとき(特別養護老人ホーム、身体障害者療護施設、重度身体障害者更生援護施設など)
・ 病院または診療所に入院したとき(家族による介護の事実がある場合を除く)
・ 労働者災害補償保険法など他法令の規定による介護補償給付または介護給付を受けたとき(国家公務員災害補償法、船員保険法など)
・ 介護保険法の規定による介護給付を受けたとき
また、支給対象者の主たる生計維持者の前年の合計所得金額が1000万円を超えている場合、その年の9月から翌年8月までの間は支給されません。
  
第3.症状固定の時期について考慮すべき事情
症状固定の診断を受ける時期を決めるにあたって、考慮しなければならない事情がいくつかあります。これらの事情を慎重に考慮して、後々に不都合が生じないように注意してください。 
1.症状の回復を見極めること
事故から間がない時点では、症状が改善する可能性があると見込まれます。そこで、症状固定と診断を受ける時期は、少なくとも事故後6か月を経過した後であることが原則とされています。
しかし、高次脳機能障害の患者の場合、6か月が経過した時点で症状固定と判断するのは早すぎると思います。高次脳機能障害の症状を詳細に把握するためには、退院後の日常生活・学校生活・職場環境などへの適応状況をしっかり確認する必要があるためです。 
2.年齢による時期の判断の違い
高次脳機能障害の患者について、「いつ症状固定とすべきか」という問題は、患者の年齢によって以下の3項目に区別して考える必要があるとされています。
⑴成人
成人の場合、急性期の症状は急速に回復が進みます。そして、急性期を過ぎてからは、症状の回復は緩やかになり、徐々に回復の速度はゆっくりになります。
このため、受傷後1年以上を経てから症状固定とするべきとされています。
⑴成人

⑵小児
小児の事案でも、後遺障害等級が1~2級に該当すると見込まれるほどの重症事案であれば、受傷後1年を経過した時点で判定することは比較的容易です。
これに対し、3級より軽度と見込まれる場合には、後遺障害等級を判定するためには、幼稚園・保育園・学校での生活への適応にどの程度の困難さがあるかを的確に評価する必要があります。このためには、1年程度の期間では十分な評価資料を収集できず、適切な時期まで経過観察が必要になる場合が多いとされています。
将来、小児がどの程度の適応困難さを示すかは、脳損傷の重症度だけでなく、脳の成長と精神機能の発達による影響が大きいため、学校などにおける集団生活への適応困難の有無・程度を把握してからの方が、成人後の自立した社会生活や就労についての能力をより正確に評価できると考えられているのです。
従って、適切な経過観察期間、例えば、乳児の場合は幼稚園・保育園などで集団生活を開始する時期まで、幼児では就学期まで、後遺障害等級認定を待つ考え方も尊重されているようです。
⑵小児

⑶高齢者
高齢者の場合も、1年程度の期間で症状固定とすべきとされています。
ただし、高齢者の場合、受傷後に症状が悪化する原因として、脳外傷による高次脳機能障害の影響だけでなく、加齢による認知機能の障害の進行が加わっている可能性があります。
このため、症状固定となった後、時間の経過とともに症状が悪化した場合には、交通事故による受傷が原因となって、「通常の加齢による変化を超えた悪化」が生じていると評価できる場合に限って、上位等級への認定変更の対象とすると取り扱われています。
⑶高齢者
 
第4.まとめ
高次脳機能障害の患者について症状固定に関する知識を整理しました。
症状固定とすべき時期を適切に判断すること、症状固定となった後にスムーズに自賠責保険金の請求手続を進めることなどが重要なポイントです。
これらについて適切な対応をするためには、弁護士の知識・経験が役に立つと思います。

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