遷延性意識障害の治療では、意識障害の改善を図ることが重要です。意識障害が改善し、わずかでも意思疎通が可能になることは、家族の切実な願いでもあります。
そこで、今回は、遷延性意識障害の患者の意識障害を改善させる治療法として知られている「電気刺激治療」について説明します。この療法を経験されたご家族の体験談も掲載しています。
第1.種類
電気刺激治療には、以下の2種類の方法があります。
脳深部刺激療法(DBS)
脊髄後索電気刺激療法(DCS)
文献によれば、脳深部刺激療法の方が、脊髄後索電気刺激療法よりも、覚醒反応が強く現れるようです。
第2.実施している病院
電気刺激治療を実施している主な病院は、以下の通りです。
日本大学病院
山口大学医学部附属病院
和歌山県立医科大学附属病院
大分大学医学部附属病院
久留米大学病院
熊本大学病院
藤田医科大学病院
奈良県立医科大学附属病院
第3.電気刺激治療の効果
1.治療効果が得られる症例の特徴
電気刺激治療の効果が得られる症例の特徴として、以下のとおりの報告がなされています。
①若年者に有効例が多い
②有効例は、圧倒的に頭部外傷が多い
③できるだけ早期に電気刺激治療を行った症例に有効例が多い
④有効例のCT所見の特徴は、脳全体の萎縮が著明ではないこと、障害が視床を巻き込んでいないこと、障害領域が広範囲でないことが挙げられる
⑤有効例は、電気刺激治療を行う前の局所脳血流が20ml/100g/min以上であることが多い2.効果が現れる機序
電気刺激治療を実施することによって、以下の事象が現れ、いまだ機能的に可逆性を有している遷延性意識障害の患者に効果が現れると考えられています。
①脊髄後索電気刺激は、局所脳血流を増加させる。
②脳のカテコールアミン代謝を活性化させる。
③アセチルコリン系の代謝も促進される。
④脳波のα波の増加、θ波の減少効果がある。3.治療効果の評価分類
藤田医科大学病院では、電気刺激治療の効果について、以下の3つに分類して評価しています。
①Excellent
言語理解がある、意思の疎通がとれる、経口摂取が可能である、随意的な運動があるなど、臨床症状の顕著な改善を認めた症例。
②Positive
追視がある、ある程度の嚥下機能がある、表情が豊かである、四肢の筋緊張が軽減したなど、他覚的に臨床症状の改善が認められた症例。
③Negative
変化なし。
4.改善率
⑴文献
電気刺激治療による意識障害の改善率は、以下のとおりと報告されています。
脳深部刺激療法 52%
脊髄後索電気刺激療法 43.3%
⑵藤田医科大学病院
藤田医科大学病院は、脊髄後索電気刺激療法(DCS)を数多く実施しています。藤田医科大学病院のデータから、以下の状況が読み取れます。
①ホームページに掲載されているデータ
【1985~2009年の277症例】
外傷では若年者に有効例が多く、36歳以上でも外傷例では治療効果がある程度は認められる。
また、言語理解がある、意思の疎通がとれる、経口摂取が可能である、随意的な運動があるなど、臨床症状の顕著な改善を認めた症例(Excellent)も相当数ありました。
これに対し、低酸素脳症には年齢によらず無効例が多い傾向があります。
②論文
【1985~2012年6月の296症例】
意思疎通が可能となった症例はおよそ20%
表情の変化(喜怒哀楽などが理解できる)が認められる例をあわせると70%程度に改善が認められている
⑶改善率に関する考察
電気生理学的には脳の機能が比較的保たれていると評価されるのに、植物状態から自然に脱却できないでいる症例の中に、電気刺激療法によって植物状態から脱却できる症例が存在すると考えられています。
そして、自然経過による改善率と比較すれば、電気刺激治療を実施した場合には、はるかに高率に意識レベルの改善が認められています。
第4.脳血流量の比較
1.電気刺激治療の有効例
電気刺激治療の有効例は、電気刺激治療を行う前の局所脳血流が20ml/100g/min以上であることが多いとされています。
2.健常人
参考として、健常人の脳血流量を示しておきたいと思います。
体重60㎏の健康成人における脳には、700~900ml/minの血流があり、心拍出量の約15~17%を占めています。脳実質100g当たりの血流で表現される脳血流は、平均で50~60ml/100g/minです。実際には、神経活動や部位によってその値は異なっており、神経細胞が主体である灰白質の平均値は80ml/100g/minの血流量とされています。
3.考察
電気刺激治療を行う前の局所脳血流が20ml/100g/min以上の場合に電気刺激治療の有効例が多いとされています。
健常人の脳血流量と比較すると、これでもかなりの脳血流が失われていることが分かります。
第5.電気刺激治療の問題点
電気刺激治療に対しては、以下のような問題があります。ここに記載した問題点の中には、私自身が感じている問題点もありますので、ご注意ください。
1.費用が高額であること
電気刺激治療は、健康保険が適用されません。保険診療と自由診療の混合診療が禁止されており、関連する全ての治療が自由診療になるため、治療費の全てを患者が負担する必要があります。
また、電気刺激装置も、患者が購入する必要があります。
必要となる費用は、治療費と装置の購入費を合計して、400~500万円になることが多いようです。
2.治療後、短期間で転院することが多い
保険適用外の電気刺激治療を実施すると、同一の入院中の治療の全てに健康保険が適用されず、全てが自己負担になってしまいます。このため、電気刺激治療の終了後、状態が落ち着いた段階で、近隣の関連病院に転院し、保険適用を可能にする対応がとられているようです。
3.適応・効果の見極め
遷延性意識障害の患者の意識状態を改善させる外科的な治療は、この電気刺激治療しかないようです。このため、家族は、なかなか意識障害が回復しない状況に直面し、最後の手段として、高額な治療費をかけてでも電気刺激治療に踏み切ることがあるように思います。
しかし、自然経過による改善率よりも、はるかに高率に意識レベルの改善が認められているとはいえ、電気刺激治療は、全ての遷延性意識障害の患者に効果が出るわけではありません。また、得られる改善の程度(効果)にもかなりの違いがあるように思います。
電気刺激治療を実施するに当たっては、事前に、医師と十分に相談し、効果を見極めることが重要だと思います。
第6.電気刺激治療の費用を損害賠償請求できるか
1.賠償してもらえる可能性は高い
電気刺激治療にかかる治療費は、健康保険の適用外であるため、400~500万円になることが多いです。
では、交通事故によって遷延性意識障害となった場合、電気刺激治療の費用を加害者(=保険会社)に請求できるのでしょうか。
結論からいえば、請求できるケースが多いと思います。私は、これまでに電気刺激治療を受けた遷延性意識障害の患者の事案を担当してきましたが、全てのケースで電気刺激治療の費用を賠償してもらうことができています。
2.賠償してもらえる可能性を高めるために
損害賠償請求できる可能性を高めるためには、以下のことをしっかり確認しておくことが重要です。
①事前の検査によって、治療の効果が得られると見込まれる症例であること確認しておく。
②電気刺激治療を実施した後に、症状が改善したことを確認する。
第7.電気刺激治療を経験したご家族(Oさん)の体験談
過去に、だいち法律事務所にご依頼いただいたOさんは、娘さんが遷延性意識障害となり、電気刺激治療を経験されました。Oさんから電気刺激治療についてお話を伺いましたので、紹介します。
娘は、14歳の時に交通事故で遷延性意識障害になりました。
入院中、担当医から、「急性期病院ではこれ以上の改善は望めない。以前の患者さんが藤田医科大学病院でDCS治療を受け、表情が出て身体の一部が動くようになった」と説明を受けました。家族は、「意識はあるけれど、表出ができないだけ」と感じていたので、DCS治療を受けて症状を改善させてあげたいと考えました。
DCS治療を受ける前、娘の脳の状態を検査して治療の可否を判定してもらいました。娘の脳の状態はあまり良くありませんでしたが、14歳と若いため、改善の可能性があると評価されて実施が決まりました。
DCS治療を受けるにあたって心配なこともありました。DCS治療は自費診療なので高額であること、全身麻酔による術後の状態、2か月の入院期間の付き添いなどです。治療費に関しては、加害者側の保険会社と交渉して負担してもらいました。全身麻酔に関しては、今までも大きな手術を乗り越えてきたので、今回も乗り越えてくれると信じました。そして、妻が仕事を辞めて病室に泊まり込んでくれることになりました。
DCS治療を受けてから2か月の入院中、娘に大きな変化はありませんでした。その後は、毎年、藤田医科大学病院に入院して脳血流量を検査しています。少しずつ脳血流量は増加しており、手術から10年が経過した現在、娘は、身体の緊張が緩み、装具を着ければ座位・立位・歩行の訓練が可能になりました。また、瞬き・表情・手を握るなどで意思を伝えられるようになりました。リハビリなどの効果に加え、DCSによる電気刺激の効果が現れていると感じています。すぐに結果は出ませんでしたが、少しずつ回復しているのは間違いありません。これからも電気刺激をしながら、リハビリなど他の方法による刺激も加えて、改善が得られるように努力していきます。
第8.まとめ
電気刺激治療について様々な角度から説明しました。
治療費が高額になることもあって、実施する場合には、損害賠償請求で認められるかどうかが重要になると思います。
不安な場合には、医師から十分に説明を受けるとともに、依頼している弁護士とも十分に協議しておく必要があると思います。