コラム

遷延性意識障害③(音楽療法)

2021.01.18
  • 遷延性意識障害③(音楽療法)

遷延性意識障害における「意識障害を改善させる手法」として、電気刺激治療だけでなく、音楽療法が挙げられることが多いです。この音楽療法は、NASVAが設置・運営している療護センターでも取り入れられており、意識障害の改善に効果を発揮しています。
今回は、この音楽療法について説明するとともに、この療法を取り入れておられるご家族の体験談も掲載します。

第1.音楽療法とは
日本音楽療法学会では、音楽療法を「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」と定義しています。
第2.資格・学会
日本音楽療法学会という学会、音楽療法士という資格が存在しています。
第3.音楽療法のメカニズム
音楽刺激に対する反応は、言語機能が損傷された脳機能障害の重症例でも残存していることが報告されています。この残存している反応のことを「音楽する脳」と呼んでいます。
そして、健常の成人を対象として行われた研究では、音楽による刺激は、脳の特定の領域で処理されているのではなく、脳の広い範囲の相互ネットワークで処理されていることが分かりました。高次脳機能の中枢的な役割を有している前頭葉も、音楽刺激を処理する機能を担っています。
音楽療法は、この残存している「音楽する脳」の機能を利用します。音楽を聴かせるなどして聴覚的な刺激を与えることで、脳全体の機能を活性化させたり、新たな脳内ネットワークを構成・発達させるなどして、意識状態や認知機能の改善を促すのです。
さらに、音楽療法を実施しながら、患者をトランポリンに乗せ、支えながら、ゆっくりと上下や左右の動きをさせる「音楽トランポリン療法」を実施している医療機関もあります。音楽による聴覚的な刺激に加えて、平衡バランス感覚も刺激することで、より多くの刺激を与えることができるというメリットがあります。しかし、スペースや人手の都合で、自宅での実施が難しい場合が多いと思います。第3.音楽療法のメカニズム

第4.実施方法
1.実施前の調査
音楽療法を始める前に、対象となる患者について、受傷前の音楽経験や嗜好などを調査します。例えば、ピアノを習っていたことがある、嵐やAKB48のファンだったなどの情報です。
また、家族などから、患者の障害の状態も確認しておく必要があります。例えば、自分で手指を動かすことが可能なのか、音などの聴覚的な刺激に対してどの程度の反応を示しているかなどの情報が必要になります。
2.内容の検討
実施前の調査によって得られた情報に基づいて、実施する音楽療法の内容などを検討します。使用する楽器・楽曲などを選んだり、音楽療法で使いやすいように楽曲を編曲するなどの作業です。
例えば、ピアノを習っていたことがあるなら、ピアノの音に対して良好な反応が示される可能性が高いと判断して、ピアノの音を聞かせる機会を多くすることになるでしょう。また、好きな楽曲が分かっていれば、そのメロディを聴かせることで、やはり良好な反応が得られやすくなると判断することになります。
3.実施
事前の準備に基づいて、音楽療法を実施します。
実施中は、患者の反応を十分に観察し、どの楽器の音色、どの楽曲で良好な反応が得られたか、どの楽器なら演奏に参加してもらえそうかなどを把握します。
把握した情報に基づいて、次の音楽療法で実施する内容を細かに変更していくことも重要です。
ところで、楽器の演奏といっても、重度の意識障害や身体障害があるため、メロディを奏でることは難しく、単発的に音を出すことが精一杯だと思います。しかし、「音を出せた」「演奏に参加できた」と感じてもらえる可能性があるので、僅かであっても、演奏に参加してもらう意味はあると思います。
4.効果
意識状態を改善するためには、いろいろな刺激を与えることが効果的といわれています。音楽療法は、聴覚からの刺激ですが、介助しながらでも楽器に触れさせることで、触覚も刺激できます。これらの効果によって、意識状態の改善に繋がるのだと思います。
また、患者の好みに合わせた音楽を聴かせることで、精神的なリラックス効果も期待できます。
家族も音楽療法に加われば、コミュニケーションの機会になったり、気分転換にもなって、介護への意欲を高めることに繋がるでしょう。4.効果

第5.生演奏
患者の好きな楽曲をCDなどで再生して聴かせる方法もあります。しかし、CD音源は、高周波部分がカットされていることが多いです。高周波の部分は、聴き取ることはできませんが、脳に最も刺激を与えるといわれています。このため、CD音源を聴かせるよりも、楽器の生演奏を聴かせる方が効果が高いとされています。
生演奏のもう一つのメリットは、患者の表情などの反応を確認しつつ、その反応に応じて、リズムや音量を柔軟に変えられることにもあります。第6.医療機関での実施
音楽療法は、医療機関でもリハビリの一環として取り入れられています。
例えば、中部療護センター、兵庫県立リハビリテーション中央病院、愛知医科大学病院などで取り入れられているようです。第7.音楽療法を経験したご家族(Oさん)の感想
過去に、だいち法律事務所にご依頼いただいたOさんは、娘さんが遷延性意識障害となった後、音楽療法を取り入れて、意識状態の改善に役立てておられます。Oさんから音楽療法についてお話を伺いましたので、紹介します。

娘は、交通事故による外傷性脳損傷のため、遷延性意識障害になりました。
リハビリ病院に入院中、音楽療法を受ける機会に恵まれました。中学では吹奏楽部に所属し、音楽に親しんできたので、「何らかの反応があるのでは」と期待しました。当初は、覚醒が低くて寝ているような状態が続いており、音楽を聴くことはできても、奏でることはできませんでした。しかし、音楽療法を継続していくうちに、表情が穏やかになり、しっかり聴いていると感じられる時間が長くなりました。
退院して自宅に戻ってからも、自宅を訪問してもらえる音楽療法士にお願いして、現在も音楽療法を続けています。レッスンでは、毎回、娘の好きな曲、娘でも使えそうな楽器を選んでもらった上で、演奏しやすいように工夫を凝らしてくれています。そして、娘は、曲に合わせてタイミングよく音を出すことができたら、嬉しそうな表情を見せてくれるようになりました。
娘の反応を見ていると、少しずつの歩みですが、症状の改善が得られていると実感しています。音を聴く、楽譜を見る、音を奏でるなど、同時に2つ以上の活動をすることで、脳が活性化しているのだと思います。今後も、楽しみながら音楽療法を続けることで、さらに改善して欲しいと思います。

第8.まとめ
今回、音楽療法について説明しましたが、まだ広くは知られていません。また、自宅で実施する機会は少ないと思います。
ですが、一定の効果は認められていますし、QOL(quality of life)の観点からも音楽に触れる機会を持つことは重要だと思います。
自宅での生活に移行してからでも、音楽療法を受けられる機会が広がって欲しいと思います。

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