コラム

遷延性意識障害⑧(成年後見)

2021.06.07
  • 遷延性意識障害⑧(成年後見)

遷延性意識障害の患者は、意思決定や意思疎通が困難な状態になっているため、対外的に適法な行為を行うことができません。患者が適法に行為を行うためには、成年後見制度を適用して、成年後見人に行為をしてもらう必要があります。
今回は、この成年後見について詳しく解説します。

第1.遷延性意識障害の患者の行為
1.適法な法律行為ができない
遷延性意識障害の患者は、意識障害が続いているため、自分では意思決定ができません。また、意思疎通も困難な状態であるため、意思決定ができたとしても、それを周囲に伝えることができません。
この状態では、健常人が日常的に行っている法律行為が適法に行えません。法律行為というと難しそうですが、例えば、『コンビニでお菓子を買う』という行為は、法的に見れば、お店と購入者が売買契約を締結するという法律行為をしていることになります。遷延性意識障害の患者は、意思決定や意思疎通ができないため、この売買契約を有効に締結できないのです。
事故直後に治療を受ける場面を考えてみても、本来であれば、患者と医療機関が診療契約を締結し、適切な治療を受けることと引き換えに治療費を支払うという合意を成立させる必要があります。厳密に言えば、遷延性意識障害の患者は、適法に診療契約を締結できませんが、救命のための治療を行うことは緊急避難的な行為として適法と評価され、患者の家族などが治療費の支払を肩代わりしていることになります。

2.損害賠償請求に関する問題

交通事故で遷延性意識障害になった患者が、加害者(保険会社)に対して損害賠償を請求する場合、以下のような場面で、患者に適法に効果が帰属する法律行為が必要になります。
・どのような内容・金額の損害賠償請求を行うか
・損害賠償請求などの手続を弁護士に依頼するか
・損害賠償請求の方法として示談・裁判のどちらを選択するか
・示談交渉や裁判において示された賠償の内容を了承するか
しかし、遷延性意識障害の患者がこれらの行為を行うことは困難なのが現実です。

3.未成年の場合
遷延性意識障害の患者が未成年である間は、法的な問題は生じません。
未成年である間は、親権者(多くの場合は両親)が法定代理権を有しています。特別な手続をとることなく、患者に法的な効果を帰属させるための行為を行うことができるのです。

4.成人の場合
これに対し、遷延性意識障害の患者が成人に達している場合は、法定代理権を有している人がいません。この状況では、先に説明したとおり、患者は適法な法律行為ができないため、成年後見人を選任し、成年後見人が代わりに意思決定などを行う必要があります。
 
第2.成年後見の手続
遷延性意識障害の患者が成人に達している場合に、成年後見制度の利用が必要になります。
この成年後見制度について、注意点などを説明しておきます。

1.申立をすべき時期
交通事故によって遷延性意識障害の状態になった場合、すぐに成年後見の申立をすべきでしょうか。この点は、弁護士によって考えが異なる可能性があります。
遷延性意識障害の状態になっている以上、適法な法律行為ができないのだから、直ちに申立をすべきという考えもあるでしょう。
私は、ある程度の期間は様子を見るべきであり、症状固定となる段階になってから申立をすべきだと考えています。
当初は遷延性意識障害の状態になっていたとしても、症状が改善する可能性があるので、どこまで改善するのかを見極める必要があります。また、遷延性意識障害の状態では「弁護士に依頼できないのではないか」という疑問もありますが、私は、症状固定までの段階であれば、本人ではなく、家族からのご依頼によって対応しています。この様な対応について、保険会社から異論を言われたことはありません。初期の段階では、成年後見の申立がなされていなくても、特に問題は生じないのです。

2.申立に必要な書類の準備
成年後見制度を利用し、成年後見人を選任するためには、本人(遷延性意識障害の患者)の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てをする必要があります。
申立にあたって作成が必要な書類、用意すべき書類、費用などは、各地の家庭裁判所のホームページで説明されています。主な必要書類・費用は、以下の通りです。

2.申立に必要な書類の準備
2.申立に必要な書類の準備

など
家庭裁判所のホームページでは、書類の記入例や入手方法なども掲載されています。成年後見制度の利用を考えている場合は、まず、これらのホームページをご確認ください。

・大阪家庭裁判所のホームページへ🔍
・東京家庭裁判所のホームページへ🔍

2.申立に必要な書類の準備

3.申立の手続
必要な書類を準備した上で、管轄の家庭裁判所に申立の手続を行います。
なお、申立をすると、後見開始決定が出る前であっても、取り下げができません。この点は注意しておくべきです。 

4.成年後見人の候補者
①候補者の記入
成年後見の申立書には、成年後見人の候補者を記載する欄があります。
家族を候補者として記載することも可能ですし、弁護士・司法書士などの専門職を候補者とすることも可能です。候補者欄には何も記載せず、家庭裁判所に委ねることも可能です。
②注意点
成年後見人の候補者として家族を希望することが多いと思います。
弁護士などの専門職が成年後見人になれば、患者の財産の中から、成年後見人に対する報酬を支出する必要があり、財産が減少してしまうことを懸念しての考えだと思います。
しかし、交通事故で遷延性意識障害になった場合、別表第一第1級1号と認定され、自賠責保険金として4000万円を受け取ることになります。また、その後の損害賠償請求手続においても、多額の賠償金を受領する可能性が高いですし、訴訟を提起する可能性も十分にあります。この場合、家庭裁判所は、家族を候補者とする希望があっても、専門職を成年後見人に選任することがほとんどです。
では、候補者欄には何も記載せず、家庭裁判所に委ねるべきかといえば、そうではありません。できる限り、交通事故の損害賠償請求などに詳しく、信頼の置ける弁護士などを記載しておくべきです。 

5.鑑定
成年後見の申立がなされると、通常、判断能力などが失われているのか、どの程度の判断能力が残っているのかを評価するため、医師による鑑定が行われます。
しかし、遷延性意識障害の患者の場合、判断能力や意思疎通能力が失われていることが明らかであれば、鑑定は行われません。

5.鑑定

6.後見支援信託(預金)
自賠責保険金や賠償金などを受領し、損害賠償の問題が解決した後、それまで専門職が務めていた成年後見人を、家族に変更できる可能性があります。
その条件の1つとして、後見支援信託(預金)を利用することが挙げられます。
後見支援信託(預金)は、家庭裁判所の許可に基づいて、この商品の取り扱いがある金融機関と契約することになります。そして、遷延性意識障害の患者の金銭財産を預け入れておけば、毎月、一定額が指定の口座に送金されます。そして、家庭裁判所の指示書に基づく場合を除いて、一定額の送金以上の金額を送金してもらうことができなくなっています。
この後見支援信託(預金)を利用すれば、成年後見人が多額の財産を流用してしまう危険がほぼなくなります。このため、家庭裁判所は、専門職から家族に成年後見人を変更する許可を出しやすくなるのです。 
 
第3.まとめ
成年後見の申立手続は、さほど難しくありません。弁護士に依頼しなくても可能な手続です。しかし、誰を成年後見人の候補者にするのか、損害賠償請求の手続を円滑に進めるために考慮すべき事項があります。できれば、弁護士のアドバイスを得てから手続をとってください。
第3.まとめ

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