第1.東京高裁平成25年3月14日判決、東京地裁平成24年10月11日判決
【東京地裁平成24年10月11日判決】(判タ1386号)
(担当裁判官:阿部潤裁判長、小河原寧裁判官、小池将和裁判官)
原告が一時金払いを求めたが、将来介護費用について、被告側が定期金払いを求めた事案で、定期金賠償を命じる判決をした。事案は、遷延性意識障害で症状固定時25歳、訴訟係属時は療護センターに入院中で、平成25年11月17日までには退院して自宅介護の予定と原告側は主張していた。将来介護費の請求額は日額3万4055円(職業介護人2万6055円、近親者8000円)である。
判決主文は後述のとおり、死亡まで1ヶ月25万円を支払えというもの。
*本判決は、文献1の裁判官が右陪席として関与したものである。
[定期金賠償採用の理由]
「本件においては、現時点で原告一郎の余命や介護環境等の将来の状況を的確に予測することは困難であり、将来に著しい変動が生じた場合には変更判決の制度(民事訴訟法117条)によって対応を図るのが適当であるから、実質的に賠償金を支払うのは原告保険会社であって履行が確保できることをも考慮に入れると、将来の介護費用は、定期金賠償方式によるのが相当であるというべきである。
なお、原告一郎、原告三郎及び原告花子は、一時金賠償方式による将来の介護費用を請求するが、自賠法3条、民法715条、同法709条による人身損害に係る損害賠償請求権に基づき、その損害項目の1つとして将来の介護費用を請求しているのであって、一時金払と定期金払は、単なる支払方法の違いに過ぎないから、裁判所が定期金賠償方式により将来の介護費用の支払を命じる判決をすることは、当事者の申し立てていない事項について判決したことにはならないものと考える。」
[介護費用金額の認定]
「原告一郎のC病院における治療費等は、多い月で約24万円程度、少ない月で15万円程度であって、平均すると概ね20万円程度であり、Dセンターにおける1ヶ月の平均治療費は4万2223円であるが、同センターは、独立行政法人Q機構によって設置され、利用者は低減な費用で施設を利用できる反面、多くの者に利用する機会を保障するために、最長入院期間は3年とされており、原告一郎は、近々、同センターから退院する可能性が高いことから、定期金賠償方式による将来の介護費用等は、C医院の治療費等を踏まえ、近親者の付添費用及び付添交通費等をも考慮し、さらに前記1認定の過失割合(*25%の過失相殺)をも斟酌すると、月額25万円程度とするのが相当である。」
*なお、被告側の損保は東京海上日動である。
【東京高裁平成25年3月14日判決】(判タ1392号)
上記判決の控訴審であるが、控訴審も一審の定期金賠償を支持した。
判決主文は後述のとおり、一審と同じく死亡まで1ヶ月25万円を支払えというもの。
[定期金賠償採用の理由]
「控訴人一郎の後遺障害の内容や程度等に照らすと、現時点で控訴人一郎の余命について的確に予想することが困難であることは前示(原判決引用部分)のとおりであることに加え、交通事故の被害者が事故のために介護を要する状態になった後に死亡した場合には、死亡後の期間に係る介護費用を交通事故による損害として請求することはできないことに鑑みると、本件において、平均余命を前提として一時金に還元して介護費用を賠償させた場合には、賠償額に看過できない過多あるいは過小を生じ、かえって当事者間の公平を著しく欠く結果を招く危険があることが想定されるから、このような危険を回避するため、余命期間にわたり継続して必要となる介護費用を、現実損害の性格に即して現実の生存期間にわたって定期的に支弁して賠償する定期金賠償方式を採用することは、合理的であるといえる。そして、控訴人一郎に対して賠償金の支払をするのは事実上は被控訴人保険会社であって、その企業規模等に照らし、将来にわたって履行が確保できているといえることからすると、控訴人花子や控訴人三郎が、金銭の授受を含む法的紛争を速やかに終了させて、控訴人一郎の介護に専念したいという強い意向を有し、定期金賠償方式による賠償を全く望んでいないという事情を考慮しても、本件において、定期金賠償方式を採用することが不相当であるとはいえず、むしろ、定期金賠償方式を採用するのが相当というべきである。
なお、一時金賠償方式による将来の介護費用の支払を求める請求に対し、判決において、定期金賠償方式による支払を命じることは、損害金の支払方法の違いがあることにとどまっていて、当事者の求めた請求の範囲内と解されるから、処分権主義に反しない。」
第2.処分権主義に抵触しないか
1.一時金払いの請求に対して定期金払いを命じること
一時金払と定期金払は、単なる支払方法の違いに過ぎないから、処分権主義に反しない。(上記東京地裁及び東京高裁判決、小河原裁判官[文献1]、大島裁判官[文献2]、中園裁判官[文献3]が同意見である)。
2.原告が「平均余命まで」の一時払いを求めている場合に、「死亡時まで」の定期金払いを命じること
後述のように、この点に留意してか、東京高裁平成15年7月29日判決、福岡地裁平成17年3月25日判決、福岡地裁平成23年1月27日判決は「死亡又は平均余命に達するまでのいずれか早い方の時期に至るまで」とする主文にしている。
[小河原裁判官]
処分権主義に反しない。
①そもそも支払終期は定かではないのに、「原告の求める範囲を超えた」という言い方ができるのか疑問。
②定期金から中間利息を控除して現在値に引き直したものが一時金であるとすると、判決の時点で「どちらかが得になる」ということはできないから、経済的には等価値。
③原告の合理的意思(以上、文献1p77)
[大島裁判官]
処分権主義に反しない。
原告が求める月額の介護費用を超えて認容しない限り、平均余命以上に生存したために結果的に一時金よりも多額の賠償となったとしても、原告が求めているもの以上のものを認容したことにはならないのではなかろうか。(文献2p85)
第3.定期金賠償のメリット、デメリット
【メリット】
中間利息控除の問題を回避できる。
余命認定の問題を回避できる。
将来の介護状況の変更に対応できる。
将来の介護費用単価の上昇や下落に対応できる。
【デメリット】
履行確保の問題が残る。
紛争の1回的解決ができない。
当事者の接触が定期的にされる不都合
送金が煩雑
弁護士費用の算定が困難
第4.履行確保の問題
国や地方自治体が被告である場合、被告側に大手の保険会社による任意保険が付けられている場合には、一応の履行確保が図られていると考える見解が多いよう。
なお、損保会社が経営破綻した場合「損害保険契約者保護機構」が一定程度補償に乗り出すようである(文献2p82。文献4p162)。
[大島裁判官]
大手の損害保険会社が実質上支払をする場合には、履行確保の問題も定期金賠償を否定するような大きなものではない。
①実質的な支払者が大手の損害保険会社である場合、今後、倒産する可能性が全くないとはいえないが、その可能性は極めて低いといってよいのではないだろうか。
②損害保険会社が倒産した場合には、セーフティーネットである「損害保険契約者保護機構」が存在し、保険契約が継続することが予定されている。
③損害保険会社に信用不安が生じた場合には、民訴法117条にいう「損害額の算定の基礎になった事情に著しい変更が生じた場合」に該当し、一時金への変更を求めることができる。(以上、文献2p82)
[発表者コメント]
③について。既に信用不安が生じてからでは、他の債権者と取り合いになるわけだから、普通は間に合わないのではないか。
[小河原裁判官]
被告が国や地方公共団体の場合はもとより、保険会社が被告の場合、そうでなくても、加害車両に付保された自動車保険の引受会社である保険会社が賠償金を支払うことが明らかな場合には、被告の将来の資力の問題は生じないと考えてよいと思います。
東京高裁平成15年7月29日判決は、当該保険会社の資産状態を検討していますが、これは原告がこの点を争点としたためであり、定期金賠償判決をするに際し、常に保険会社の資力を具体的に検討しなければならないわけではないと思います。(文献1p76)
[発表者コメント]
かなり乱暴で無責任な議論に思える。損害賠償請求訴訟の受訴裁判所の役割は、債権額の確定であって、執行に係わる部分には、基本的に関与や配慮をする必要がないという発想であろうか。
[河邉裁判官]
被告が国、地方公共団体等の支払能力に不安がない場合のほか、加害者が任意保険に入っている場合には、担保供与制度の不存在をもって定期金賠償方式を採ることの致命的な欠陥とすることはできないと考えています。(文献5p29)
[発表者コメント]
夕張市の破綻などをみると、地方公共団体だって不安がないとは言い切れないように思える。
[中園裁判官]
加害者が対人無制限の任意保険に加入していれば履行確保に問題はないとする裁判例や学説があり、保険会社が破綻した場合に保険契約の引き受け等を行う損害保険契約者保護機構の存在を指摘する見解もある。これに対して、高松高裁平成17年7月13日判決は、加害者が任意保険に加入しているだけでは不十分であるとした。
履行確保は損害の公平な分担という実体法上の価値に優越する絶対的な要請とはいえないから、実質的支払義務者が大手の保険会社であり経営不安がなければ、保険会社が被告となっていなくとも、履行確保の問題はクリアされているとみてよいのではなかろうか。(文献3p16~17)
[佐野教授]
賠償責任保険が付保されているだけでは履行確保策としては必ずしも万全ではない。むろん、我が国の損害保険会社の破綻確率からして将来的な資力問題が生じる危険性はそれほど大きくはないといえるが、しかし、それでも原告が不安感を抱いている場合にその不安感を無視してまで定期金賠償を命じることが公平の観点から妥当かは検討されるべきであろう。履行確保の問題が克服されない限り、わが国において定期金賠償が普及することは見込めない。(文献4p162~163)
[発表者コメント]
リーマンショックの後だったと思うが、某損保の株価が大幅に下落した。
訴訟係属中の重度後遺障害案件で、その損保が加害者側の損保だったというだけでも、それだけ心配したし、その時は、心配した依頼者から「経営破綻にした場合、どうなるのか」と質問を受けた。
第5.定期金賠償判決が相当とされる事案、相当とされる場面
1.将来介護費以外の損害項目
中園裁判官は、死亡逸失利益や慰謝料は、原告の申立があっても定期金賠償の対象とならないとし、後遺障害逸失利益については、原告の申立があった場合のみ定期金賠償判決をすることができ、将来介護費については、原告の申立がなくとも定期金賠償判決をすることができとする(文献3p9~15)。後遺障害逸失利益について、原告の申立がないのに定期金賠償判決をすることは、処分権主義違反になるという。
2.将来介護費
[小河原裁判官]
○余命も含め、将来の症状を的確に予測することが困難な場合、被害者の年齢、介護状態の変更の可能性などにかんがみ、将来的にみて損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じる蓋然性が高い場合にこれを認めることは、定期金賠償判決の存在を前提としてその変更判決について定めた民訴法117条の趣旨に叶うものと解されます。
○何歳までと決めつけるのは困難ですが、せいぜい20代か30代まで、少なくとも、平均寿命の半分を超えない程度の年齢で、その身体状況などからみて、平均余命を前提とした一時金払いをすることが損害の公平な分担という理念に照らし、明らかに妥当でないという場合には、定期金賠償を採用する必要性・合理性が肯定されると思われます。
これに加え、介護状況の変更の可能性が具体化しているか否かも考慮要素のひとつと考えられます。(文献1p75)
[中園裁判官]
被害者の余命についての裁判所の心証を基礎にした上、原告の意思を斟酌する必要がある。具体的には、原告が平均余命まで生存する蓋然性があるという心証を抱いた場合には、原告の意思を重視することができる。原告が一度にまとまった金員を手にしこれを原資にしてその後の生活設計を考えたい等の希望を有しているのであれば、このような希望に配慮することも考えられる。
これに対し、原告が平均余命まで生存する蓋然性が認められない場合には、損害額算定の適正化の要請や事情変更の可能性があるから、賠償方式の選択を全面的に原告の意思に委ねることはできない。(文献3p15~16)
第6.被告からも定期金賠償を求める旨の主張がない場合
[大島裁判官]
原告、被告いずれかから申立があった場合に定期金賠償を命じることができるとするのが相当である。
①当事者双方とも一時金賠償を望んでいるのに裁判所が定期金賠償を命じることは相当とはいえない。
②当事者に対する不意打ちになる可能性がある。(以上、文献2p81)
佐野誠教授も結論同(文献4p161)
[中園裁判官]
中園裁判官は、被告からの求めがなくても可能と考えているようである。
次のように述べている。
将来介護費用については、原告の申立がなくとも定期金賠償判決をすることができると考える。ただし、賠償方式の選択が当事者の利害に及ぼす影響は重大であり、また、不意打ち防止の観点から、裁判所が定期金賠償判決をするには、当事者の主張や裁判所の釈明権行使により、その採否について当事者に意見を述べる機会が保障される必要があると考える。(文献3p15)
第7.判決主文のあり方
1.裁判例
【東京高裁平成15年7月29日判決】(判例時報1838号)
一原判決中、被控訴人X1に関する部分を次のとおり変更する。
(1)控訴人は、被控訴人X1に対し、金4939万1908円及びこれに対する平成9年3月22日から支払済みに至るまで年5分の金員を支払え。
(2)控訴人は、被控訴人X1に対し、平成15年6月25日からその死亡又は被控訴人X1が満84歳に達するまでのいずれか早い方の時期に至るまでの間、1か月金25万円の金員を、毎月24日限り支払え。
(3)被控訴人X1のその余の請求を棄却する。
【福岡地裁平成17年3月25日判決】(自保ジャ1593号)
1被告らは連帯して、原告甲野花子に対し、金1億2160万4506円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは連帯して、原告甲野花子に対し、平成17年2月25日からその死亡又は原告甲野花子が満84才に達するまでのいずれか早い方の時期に至るまでの間、1か月金54万円を毎月25日限り、毎年120万円を毎年2月25日限り支払え。
*年120万円は看護・介護に必要な設備・器具の更新費用
【福岡高裁平成18年4月11日判決】(自保ジャ1649号)
1控訴人甲野春子の控訴及び被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人らは連帯して、控訴人甲野春子に対し、金1億2172万1903円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人らは連帯して、控訴人甲野春子に対し、平成17年11月2日からその死亡までの間、1か月金60万円を毎月25日限り、また、平成18年から死亡までの間、1か年金120万円を毎年2月25日限り、それぞれ支払え。
【福岡地裁平成23年1月27日判決】(自保ジャ1841号)
1被告らは原告甲野太郎に対し、連帯して1億0921万8646円及びこれに対する平成18年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して、平成23年8月8日から原告甲野太郎の死亡又は同人が満79歳に達する日までのいずれか早期に到来する時までの間、毎月8日限り、平成30年8月8日までは日額1万5300円、同月9日以降は日額1万9550円の割合による金員を支払え。
3被告らは原告甲野太郎に対し、連帯して、平成23年8月8日から原告甲野太郎の死亡又は同人が満79歳に達する日までのいずれか早期に到来する時までの間、西暦の末尾数が6又は1の年の8月8日に61万2000円、西暦の末尾数が1の年の8月8日に256万7000円を支払え。
*61万2000円は介護用品のうち5年毎に買換の必要がある分、256万7000円は介護用品のうち10年毎に買換の必要がある分の費用
【東京地裁平成24年10月11日判決】(判タ1386号)
1被告会社及び被告乙山は、原告一郎に対し、連帯して4675万7579円及びこれに対する平成22年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告会社及び被告乙山は、原告一郎に対し、連帯して平成24年7月20日からその死亡に至るまで、1ヶ月25万円の割合による金員を毎月19日限り支払え。
【東京高裁平成25年3月14日判決】(判タ1392号)
1控訴人一郎の控訴に基づき、控訴人一郎の請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1)被控訴人会社及び被控訴人乙山は、控訴人一郎に対し、連帯して4836万2417円及びうち4733万7348円に対する平成22年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人会社及び被控訴人乙山は、控訴人一郎に対し、連帯して平成25年2月1日からその死亡に至るまで、1ヶ月25万円の割合による金員を毎月末日限り支払え。
2.大島裁判官の問題意識
現在、近親者介護がされており、近親者が67歳に達して以降は職業介護人介護が相当であると判断した場合に、近親者による介護費用のみを定め、後は民訴法117条の確定判決によるとすることは、被害者に負担をかけることになり、相当ではないであろう。
職業介護人による介護費用も、現在の証拠に基づいて月額○円と認定し、近親者が67歳に達して以降は、毎月○円の支払を命じ、将来その金額に不満を持つ当事者が民訴法117条による確定判決の変更を求める訴えを提起するのが相当である。
(例)現在、近親者による介護費用として日額8000円(月額24万円)が相当であり、証拠によると職業介護人の介護費用は月額70万円を要し、近親者が67歳に達する平成30年1月から職業介護人とするのが相当であると判断した場合の主文
被告は、原告に対し、平成〇年○月○日から原告の死亡又は平成29年12月末日のいずれか早い時期まで1か月24万円を、平成30年1月1日から原告が死亡するまで1か月70万円を、それぞれ毎月末日限り支払え。(以上、文献2p85)
第8.変更の訴えが容認されるのはどのような場合か。
[大島裁判官]
①基礎とされた事実関係に変動が生じた場合
(例)自宅介護をしていたが施設に入所した場合
近親者が67歳まで介護をするという前提で介護費用が定められたが、近親者がそれ以前に死亡、病気等により介護ができず、職業介護人に依頼するしかなくなった場合
②事実関係に変動はないが、介護費用の単価が変動した場合
民訴法117条に「著しい」という要件があるので、金額にもよるが、概ね40~50%程度の乖離が生じた場合、それに該当するのではないだろうか。(以上、文献2p86) [発表者コメント]
この点ついて(とりわけ②の点について)、具体的に触れた文献は、大島裁判官の文献2の他には見当たらなかったが、実務的には、依頼者への説明という観点からも、私達にとって重要な点であると思う。
第9.一時金払いで判決確定後、ほどなく被害者が死亡した場合の法律関係
[最高裁平成11年12月20日判決の井嶋一友裁判官の補足意見]
「長期にわたる生存を前提として相当額の介護費用の支払が命じられたのに、被害者が判決確定後間もなく死亡した場合のように、判決の基礎となった事情に変化があり、確定判決の効力を維持することが著しく衡平の理念に反するような事態が生じた場合には、請求異議の訴えにより確定判決に基づく執行力の排除を求めることができ、さらには、不当利得返還の訴えにより既に支払済みの金員の返還を求めることができるものとするのが妥当ではないかと考える」
[大島裁判官]
裁判所において、平均余命まで生存するとの認定の下で介護費用を算定したところ、平均余命より前に死亡したということは、その認定が誤っていたにすぎず、口頭弁論終結後に新たに発生したものではないのであるから、請求異議や不当利得返還請求は理論的に難しい。(文献2p77)
[中園裁判官]
被害者が平均余命まで生存することは将来介護費用請求の請求原因事実であるから、この認定に誤りがあったとしても確定判決の既判力により遮断されて請求異議事由にはならず、また、確定判決に基づく履行を法律上の原因のない給付ということはできないから、不当利得返還請求もできないというのが伝統的な考え方である。(文献3p14)
第10.今後の展望
原告が定期金賠償を求めていなくても、被告が求めれば、定期金賠償を命じることは可能という方向で裁判実務は固まって行くように思える。
今後の論点は、被告からだけ定期金賠償の求めがあった場合に、①どのような事案で、どの範囲で(介護費用に限るのか、介護用品費や雑費なども含めるのかなど)定期金賠償を命じるのが妥当か、②現状、介護保険や障害者総合支援法の介護サービスを利用している被害者に対して、自己負担額を基準にするのか、全額を基準にするのか、③判決主文の工夫(終期を死亡に至るまでとすることについては決着済と考える)といった各論的なテーマに移行していくように思われる。
参考資料
文献1 小河原 寧 「定期金賠償判決に伴う諸問題」(『赤い本』平成25年版)
文献2 大島 眞一 「重度後遺障害事案における将来の介護費用-一時金から定期金賠償へ」(判タ1169号 平成17年)
文献3 中園浩一郎 「定期金賠償」(判タ1260号 平成20年)
文献4 佐野 誠 「定期金賠償の動向と課題」(『交通賠償論の新次元』平成19年)
文献5 河邉 義典 『新しい交通賠償論の胎動』(7~9頁、24~31頁)