第1.軽度外傷性脳損傷の定義など
1.定義
現時点で統一された定義はない。
「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)の平成23年3月4日版では、
①「軽症頭部外傷」を「頭部に何らかの外力が加わった事故のうち軽度なもの」
②「脳外傷」を「脳の器質的損傷を意味するもの」
と定義し、「軽症頭部外傷に伴う脳外傷」と表現している。
2.診断基準
【WHOの診断基準】
〈第1要件〉
受傷後に混迷または見当識障害、30分以内の意識喪失、24時間未満の外傷後健忘症and/or これら以外の短時間の神経学的異常、例えば局所徴候、痙攣、外科的治療を必要としない頭蓋内疾患が少なくとも1つ存在すること
〈第2要件〉
外傷後30分後、ないしは後刻の医療機関受信時のGCSの評価が13点から15点に該当すること
〈除外項目〉
上記の症状が以下の事由によってもたらされたものではないこと
1.薬、アルコール、処方薬
2.他の外傷または他の外傷の治療(例えば全身外傷、顔面外傷、挿管)
3.心的外傷、言語の障壁、同時に存在する疾病
4.穿孔性頭蓋脳外傷
3.原因
【衝力/半衝力】
直達外力が脳に加わり、衝撃部とその対極にあたる反衝撃部において神経細胞・軸索・血管に損傷が生じる。
【求心性連鎖】
脳が前後・左右に揺さぶられると表層の大脳皮質がまず損傷を受け、加速・減速のエネルギー負荷(A/Dforces)が増すと深部に位置する脳梁・脳幹部へと脳の中心部に向かって神経損傷と血管損傷が進行する。
【剪断力】
頭部に加速・減速のエネルギー負荷(A/Dforces)が作用すると、物性が異なる脳の各組織に歪みが生じ、そこに剪断力が生じて脳が損傷し、大脳半球と脳幹部の白質に広範な変性が生じる。
4.経過
損傷を受けた脳の局所では、生体反応が起こり、神経線維の脱髄・崩壊、神経細胞の活動低下・壊死が始まる。
これらの変化は外傷後に一瞬で起こるのではなく、数時間から数日以上かけてゆっくりと変化が進む。
第2.医学的な議論の状況
1.肯定派(石橋徹Dr:軽度外傷性脳損傷)
軽度外傷性脳損傷における高次脳機能障害の発症機序については、びまん性軸索損傷による広範な同側大脳皮質同士を連絡する連合線維や左右の大脳皮質同士を連絡する交連線維が織り成す情報伝達機構のネットワークが破綻をきたして発症すると考えられる。
大脳皮質が局所的に損傷されたときに現れる失認、失語、失行という局在徴候とは明らかに異なる性質のものと考えられる。
⑴意識障害
Gennarelli分類は、頭部外傷後に、CTで脳内血腫などの占拠性病変を認めない例で、昏睡が受傷後6時間を超えるびまん性脳損傷(DBI)をびまん性軸索損傷(DAI)と定義している。昏睡が受傷後6時間未満の例は、脳震盪(軽度振盪:意識喪失を伴わず数分の外傷後健忘を伴う、運勤障害なし。脳振盪:6時間未満の意識喪失を伴い数分から数時間の外傷後健忘を伴う、運動障害なし)と呼ばれる。
ただ、
・サルの動物実験では、昏睡が受傷後6時間未満のサルの脳にも、神経病理学的に軸索損傷が認められている。
・ネコを使った動物実験では、軽度の脳外傷でも、軸索損傷が起こることが確認されている
ことから、現代では、重症のDAIも、脳振盪も、軽度外傷性脳損傷も、神経病理学的には、主なる病変は軸索損傷であると考えられるようになってきた。
WAEでは、意識障害が起きても多くは数秒から数分以内の短時間の意識喪失であり、大部分は意識の変容にとどまる。そして、WAEにみられる意識の変容は、譫妄は稀であり、朦朧状態かアメンチアが多い。
⑵画像
びまん性軸索損傷では、病初期に軸索損傷に脳内点状出血(組織断裂出血)、脳室出血、くも膜下出血が随伴することがあるが、その一方で受傷直後に意識障害がみられるにもかかわらず急性期のMRI画像が陰性となる例があり、この事実は脳神経外科医の間でよく知られていることである。さらに高次脳機能障害や運動麻痺などの遺残障害と密接な関係にあるとされる脳萎縮や脳室拡大の所見は、重度外傷性脳損傷にみられる慢性期の画像所見であり、軽度外傷性脳損傷でみられることはほとんどない。
被災者の症状が脳の器質的病変に基づくものと認定するのに画像所見の存在を前提とする厚生労働省や自賠責保険の考え方は、MTBIにおけるCT、MRIの現在の神経イメージング技術を過大評価するものである。またMRIは軽症の脊髄損傷やびまん性軸索損傷の診断には欠かせない検査であるが、MRIの画像所見だけからMTBIの予後を決めることは適切ではない。
現在の神経イメージング技術では、大部分のMTBIの被災者は、CTでは所見が認められず、CTよりも鋭敏なMRIにおいても43%から68%のMTBIの被災者は通常のMRIでは有意な画像所見がみられていない。電子顕微鏡下でびまん性軸索損傷と診断されたMTBIの病理解剖例においても、通常の神経イメージング技術では、病変がとらえられていない。
そこでMTBIが頻度の高い疾患であることから、MTBIの診断学に現在、各種の神経イメージング技術の導人が試みられている段階である。fMRI、PET、SPECT、DTI、DTTなどがMTBIの診断に有望視されている。しかしこれらの新技術もまだ確立されたものではなく、それらの検査で得られた画像がどの程度臨床と相関するかについては評価が定まっておらず、今後さらなる研究が待たれる状況である。
実際問題として、85例のWAEにおいては、受傷時に重篤な意識障害がみられることはなく、有意な画像所見も得られない症例が多くみられる。このような例では、障害認定に際して、厚生労働省や自賠責保険の考え方をそのまま踏襲すると、筆者以外に複数の診療科目の医師がみても重篤な脳障害が存在すると診断されているにもかかわらず、障害認定業務に際して有意な画像所見がないという理由だけで重篤な脳障害が否定されることも起こり得る。しかしこれは本末転倒である。
⑶ 画像依存の弊害
脳や脊髄を損傷された例のなかで、意識障害や四肢麻痺が前景に立つ重症な例は、どの医師の目にもその傷害の深さが一目瞭然である。このような重症な例では、整形外科領域であれば、脊椎の脱臼・骨折をX線写真で確認し、さらにCTやMRIで骨の転位や脊髄の変化を詳しく知ることができる。また脳神経外科領域であればX線写真やCT、MRIで頭蓋骨骨折、頭蓋内出血、脳のヘルニアを誰の目にも見える形で描出される。そのためこれらの疾患ではEBM(Evidence-Based Medicine:証拠に基づく医療)が実践されやすい。
そんな中で、脳外傷において画像所見を重視する厚生労働省や自賠責保険と同じ考え方が医師の間にも蔓延している。医師のなかには、X線写真、CT、MRIの画像検査において客観的な画像所見が得られないと被災者の臨床症状を診察の対象外にして門前払いをしたり、それでも医師に救いを求めて追いすがってくる被災者をノイローゼ扱いして精神科に送り込んでしまう例が後を絶たない。さらに画像検査への依存度が高じると、大きな弊害が出てくる。画像に依存する医師は、被災者の訴えに真摯に耳を傾けたり、自らの五感をフルに活用し、過去の経験と知識を総動員して、被災者の訴えの深さを理解しようとする努力を忘れがちとなる。これはEBM重視の弊害といえる。
まず我々医師は、先入観を捨てて、白分の目の前に座する被災者の訴えに耳を傾け、診察をとおしてまず脳障害の有無を確認すべきである。その後で、なぜ脳に障害を認めるのに画像に現れないかを考えたほうがよい。そうすれば、WAEがDAIであることに気づくはずである。WAEは画像から入っていくと有意な所見がない例が多くあり、そこで真実を明らかにしようとする医療側の意欲が萎えてしまう。医師はまずコンピューター画像を見る前に、目の前に座っている被災者を診ることが先決である。
目に見えるもの(画像)だけを信じて、目に見えないもの(画像で異常所見なし)を信じない唯物論的思弁は、神経診断学においては根本的に誤りである。生命現象のなかには、現在の画像の技術水準では描出されない出来事がたくさん起きている。人間の精神活勤も、人間の喜怒哀楽も現在一般に供されている通常のMRI画像には映らない。WAEでみられる高次脳機能障害は、人間の精神活動の一部が破綻したことを示すものであるが、画像に映らないことがある。医療は、元来医師による人間診断学であり、画像診断学だけに堕ちてはならない。MTBIに関しては、現在の神経イメージング画像は解像力に限界があり、診断を補助する手段にすぎないことを銘記すべきであろう。
⑷ 画像以外のWAE診断法
WAEの診断を確立する方法はX線写真、CT、MRIだけではない。他科の医師が行う専門的な神経学的検査が大いに診断に役立つ。
WAEは脳の器質的病変に起因して発症していることから、脳の器質的損傷を裏づけるX線写真、CT、MRI等の画像診断検査において異常所見が認められない場合には、他科の協力を得て、脳の障害を証明することが可能である。例えば神経耳科に依頼して聴覚障害、平衡感覚障害、嗅覚障害、味覚障害を確認することができる。神経眼科に依頼すれば、視野の狭窄や矢損が明らかとなる。リハビリテーション科の喉頭造影検査で喉頭麻痺が確認できる、また電気生理学的検査では神経が障害された部位を推定することができる。神経心理学的検査で高次脳機能障害を知ることができる。神経泌尿器科に依頼すれば神経因性膀胱と診断されることが多い。X線写真、CT、MRI等の画像診断検査で異常所見がなくとも、複数の他科の診察と協力で脳に起因する中枢神経の異常が証明され、症状が不可逆性であれば、脳の器質的損傷が存在すると診断することは可能なのである。いずれにしろ、WAEの診断では、整形外科と神経眼科、神経耳科、神経泌尿器科、リハビリテーション科、精神科の協力が欠かせない。
2.否定派(吉本智信Dr)
⑴頭部に加わった外力に関する研究データ
【脳震盪の発生について】
〈加速度〉
13.6G・15.6Gの加速度では、脳に問題がない。
NFLのデータでは、脳震盪が生じなかった人の平均値は50G。
〈回転角加速度〉
157ラジアン/秒・2000ラジアン/秒2では、脳に問題がない。
NFLのデータでは、脳震盪が生じなかった人の平均値は3000ラジアン/秒2。
〈結論〉
人体に脳震盪の発生する加速度の限界値は、
・直線加速度 50G
・回転角速度 2500ラジアン/秒2
では脳震盪はほぼ発生しない。
従って、同程度の大きさの車両同士が35㎞/hで追突した場合(直線加速度13.6G以下、回転角加速度157ラジアン/秒2)では、脳震盪(=一時的な脳の機能障害)が生じるほどの力が人体には作用していない。
⑵脳震盪や脳震盪以下の外力の脳への影響
・直線加速度2G
・回転角加速度200ラジアン/秒2
は耐えられている。
⑶脳震盪やMTBIが脳に器質的損傷を与えているとの報告
・MTBI患者の解剖例
古いくも膜下出血の痕跡が認められた。
・MTBI患者で画像所見が得られる頻度
GCSで13~15、意識消失20分以下、CT所見のない20例で、MRIで画像所見が6例認められた。
80名のMTBIのデータで、26名で画像所見あり、5名は外傷性が確実な画像所見。
・MTBI患者の一部に、脳に何らかの損傷が生じている。
⑷MTBIの神経心理学的検査
6か月後に検査したところ差が認められず、長期予後に差がなかった。
⑸結論
これまでに報告がなかったからといって、一部の少数のMTBI患者の高次脳機能障害の原因が脳の器質的損傷である可能性は残っている。しかし、それは例外であり、一般的には、MTBIの高次脳機能障害の原因が器質的損傷である可能性が低いことは確かである。
3.検討
⑴石橋Dr
【意識障害】
短時間であり、意識の変容程度であっても、脳に軸索損傷が生じる可能性があると指摘している。
【画像所見】
CTやMRIで捉えきれない軸索損傷の存在を指摘している。
その上で、被害者の訴えや臨床症状を考慮して、脳障害の有無を確認すべきと主張する。
【東京地裁 平成22年3月18日判決】
丁山医師が提唱する軽度外傷性脳損傷の見解は、交通事故の後に出現する高次脳機能障害のほか、身体的な重度の障害の原因を究明しようとするものであり、医学上の見解の1つである。
しかし、⑵ウ、エのとおり、現時点において、丁山医師の上記見解が、外傷性脳損傷(軸索損傷)に関する医学上の一般的な見解として、広く受け入れられているとは認められない。丁山医師の上記見解によれば、軽度外傷性脳損傷は、外傷直後に症状が現れるとは限らず、画像上の異常所見がないことが少なくないというものであり、さらに、脳損傷に対する治療方法があるわけでもないから(治療方法があるのであれば、その治療によって症状が軽減したことによって、その傷病が存在したことを確認することができるが、脳損傷ではその方法がない)、これに該当するかどうかは、患者の自覚症状によるところが大きくなり、不確実な判断になるおそれがあるように考えられる。また、外傷直後に症状が現れないことがあるとすると、当該外傷と症状との結び付きも明確ではないことになる。したがって、現時点において、丁山医師の上記見解を、そのまま採用してよいかは疑問である。
との批判をしている。
⑵吉本Dr
著述によれば、
・同程度の大きさの車両同士が35㎞/hで追突した場合(直線加速度13.6G以下、回転角加速度157ラジアン/秒2)では、脳震盪(=一時的な脳の機能障害)が生じるほどの力が人体には作用していない。
とする。
ただ、
・これまでに報告がなかったからといって、一部の少数のMTBI患者の高次脳機能障害の原因が脳の器質的損傷である可能性は残っている。しかし、それは例外であり、一般的には、MTBIの高次脳機能障害の原因が器質的損傷である可能性が低いことは確かである。
としており、MTBIが器質的損傷に基づくものであることを完全に否定しているわけではない。
第3.「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」の報告の推移
1.これまでに
平成12年 自賠責保険における高次脳機能障害認定システムについて
平成19年 自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について
平成23年 自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について
が出ている。
これらの記載を比較すると、
⑴平成12年→平成19年
意識障害の部分で、平成12年では、「十数分以内に意識障害が回復する脳しんとう程度の外傷の場合には、高次脳機能障害が現れても一過性のものであって、半年から1年以上続く、後遺障害とはならない。」と記載されていたものがなくなった。
平成19年→平成23年では、
「脳機能の客観的把握」の箇所で、
脳の器質的損傷の判断にあたっては、従前と同じくCT、MRIが有用な資料であると考える。ただし、これらの画像も急性期から亜急性期の適切な時期において撮影されることが重要である。
CTは撮像時間が短く、重度の意識障害や合併外傷がある場合にも、患者への負担が少なく、頭蓋骨骨折、外傷性クモ膜下出血、脳腫脹、頭蓋内血腫、脳挫傷、気脳症などの病変を診断できる。
しかしながら、びまん性軸索損傷のように、広汎ではあるが微細な脳損傷の場合、CTでは診断のための十分な情報を得難い。CTで所見を得られない患者で、頭蓋内病変が疑われる場合は、受傷後早期にMRI(T2、T2*、FLAエRなど)を撮影することが望まれる。受傷後2~3目以内にMRIの拡散強調画像DWIを撮影することができれば、微細な損傷を鋭敏に捉える可能性がある。
受傷から3~4週以上が経過した場合、重症のびまん性軸索損傷では、脳萎縮が明らかになることがあるが、脳萎縮が起きない場合にはDWIやFLAIRで捉えられていた微細な損傷所見が消失することがある。したがって、この時期に初めてMRIを行った場合には、脳損傷が存在したことを診断できないことがある。
⑵平成23年では、
「軽症頭部外傷後の高次脳機能障害」について検討されているが、軽症頭部外傷後に1年以上回復せずに遷延する症状については、それがWHOの診断基準を満たすMTBIとされる場合であっても、それのみで高次脳機能障害であると評価することは適切ではない。ただし、軽症頭部外傷後に脳の器質的損傷が発生する可能性を完全に否定することまではできないと考える。したがって、このような事案における高次脳機能障害の判断は、症状の経過、検査所見等も併せ慎重に検討されるべきである。
また、現時点では技術的限界から、微細な組織損傷を発見しうる両像資料等はないことから、仮に、DTIやPETなどの検査所見で正常値からのへだたりが検出されたとしても、その所見のみでは、被害者の訴える症状の原因が脳損傷にあると判断することはできない。
結局、自賠責保険が加害者の損害賠償責任を前提としているため、被害者のみならず加害者をも納得させ得る「根拠に基づく判断」が求められていることは無視できないことから、脳外傷(脳損傷)による後遺障害であるかの判断においては、現時点で系統的レビューなどで根拠が認められた医学的指標や判断手法(この点に関する当委員会の考え方の概要は本項①から⑤で示したとおりである)を重視せざるを得ない。
もちろん、軽症頭部外傷にとどまると思われる例であっても、形式的に高次脳機能障害は発生・残存していないと断定せずに、このような事例においても慎重な検討をすることが望ましい。そのために、後述のように認定システムを修正し、より広い範囲のものが審査対象となるようにして、高次脳機能障害が発生しているにもかかわらず障害認定が受けられない事態の発生防止に努めるべきであるとの結論に至った。
この結果、審査対象となる案件についての基準を変更する案が示された。
ただ、審査対象が拡大されたとしても、意識障害・画像所見に関する基準が変更されない以上は、実際の認定対象が拡大されるか疑問がある。
実際、注意事項として、
(注)上記要件は自賠責保険における高次脳機能障害の判定基準ではなく、あくまでも高次脳機能障害の残存の有無を審査する必要がある事案を選別するための基準である
との注意書きがある。
2.自賠責保険での現実
⑴現在の担当事案(訴訟中)
⒜意識障害
【救急活動時】
JCS1−2
【病院の初診時】
JCS1−1
【入院後】
友人によれば意識清明にならない状態が続いていた
⒝頭部外傷の存在
頭部打撲・全身打撲・右鎖骨骨折・骨盤骨折との診断。
脳神経外科にて、
脳挫傷
JCS1−1で、記憶消失ありますが、CT・X−Pにても特に問題なく、経過観察でよいと思われます。
ただし、慢性硬膜下血腫に移行する可能性はあります。
とされた。
⒞画像所見
【脳挫傷】
CT、X−Pに特に問題なく経過観察でよいと思われるが、慢性硬膜下血腫に移行する可能性がある
と判断されていた。
以後、初診病院では頭部に対する画像検査はなされておらず、4~5年後に新たな病院のCT・MRIで、軽度の前頭葉の脳溝の拡大(前頭葉萎縮)と左後頭葉の右方への張り出し(右後頭葉萎縮?)、MRI拡散テンソール画像法を用いたFT(FiberTractgraphy)画像、99mTcによる脳血流シンチグラフィーなどで、異常所見あり。
⒟神経心理学的検査
【長谷川認知テスト】
21点/30点(時に15点)
【WAIS−Ⅲ】
VIQ66、PIQ57、FIQ59
【かなひろいテスト】
30個中6個
【Kobs立方体組み合わせテスト】
IQ43.7点、7歳レベル
【WMS−R】
言語性71、視覚性83、一般的記憶71
注意・集中力64、遅延再生71
【TMT】
A77秒、B254秒
【BADS】
12/24
⒠現状
自賠責保険・自賠責保険・共済紛争処理機構では、高次脳機能障害は否定された。
現在、高次脳機能障害の認定を求めて訴訟中。
⑵意識障害はJCSで3桁あった(資料8)
画像所見では、当初、外傷性くも膜下出血を伴う脳腫脹あり。ただ、その後、脳萎縮や脳室拡大などの画像上はびまん性軸索損傷を示す所見なし。
結果的に、高次脳機能障害(5級)が認定された。
⑶意識障害はJCSで1桁で、短時間(資料9)
画像所見では、事故当日の頭部CTで、頭蓋骨骨折や右前頭葉の硬膜外血腫が認められたが、脳実質の損傷や萎縮の所見はない。
結果的に、高次脳機能障害(5級)が認定された。
3.まとめ
資料8は意識障害が長かったが、資料9は短時間であった。
しかも、両事案ともに慢性期では明確な画像所見がなく、事故初期の画像所見のみであった。
結果的に認定してはもらえたが、画像検査漏れなどがあれば、認定は得られていなかった可能性が高い。
第4.損害賠償額算定基準(赤い本)2005年版
東京地裁民事27部の本田晃裁判官は、
①自賠責保険では、「認定困難事例」を認めていますから、意識障害の存在を「脳外傷による高次脳機能障害」を認めるための絶対的な要件としているわけではありません。朦朧状態で受け答えをすることもありますし、ショックのための意識障害もあること、医師が意識障害を記録しない可能性もあることなどによると思われます。(p75)
②今回参照し得た裁判例は、【別表4】のとおりです。
設問⑴の関連では、因果関係が問題となるなどして非該当となった事例が5例ありますが、頭部外傷と精神症状があるのに、画像所見がないことのみを理由に高次脳機能障害と事故との因果関係を否定した事例は見当たりませんでした。脳の萎縮や脳室の拡大があったとか、意識障害が一定期間継続していたことを認めるに足りる証拠がないものの、高次脳機能障害を認めた事例として、[53]の裁判例があります。(p80)
③画像上、脳の局在性損傷がなくとも、脳室拡大・脳萎縮があれば、脳外傷による高次脳機能障害として捉えることができます。
そうした画像所見もない場合はどうでしょうか。磁気共鳴画像(PET)による代謝低下による診断については、賛否両論があります(参考文献I−⑰、㉕)。モデル事業報告書では、画像上の陰性例が10%前後という無視し得ない数に上ることから、その取扱いには慎重な配慮が必要であり、「これら陰性例を適切に診断するために、PET等の最先端科学の応用による診断機器を用いた研究の成果が待たれる」とされています(参考文献I−㉓)。
「脳外傷による高次脳機能障害」は、いわゆる器質的障害として捉えられていますから、画像所見の重要性は否定できません。しかしながら、いくらハイテク機器が進歩したとしても、画像で捉え切れない脳損傷があり得ることも否定できないと思われます。画像所見がないことのみをもって、直ちに立証責任が果たされていないと考えるのは短絡的です。少なくとも、「頭部外傷」と「脳外傷による高次脳機能障害としての典型的な臨床症状」がある場合に、「画像上の所見がないこと」のみをもって、脳外傷による高次脳機能障害の発生を否定するのは妥当ではないと考えます。
他方、「頭部外傷」に関する診断もなく、継続的かつ明瞭に撮影された画像において局在性損傷や脳室拡大等の異常所見がないことが明らかで、意識障害もない場合に、人格変化だけで脳外傷による高次脳機能障害として認めることは基本的には困難だといわざるを得ないでしょう。
両者の狭間の領域については、専門的な知見を有する臨床心理士による神経心理学的評価や、医療記録(特に看護記録)に顕れた被害者本人の言動等から判断するほかないように思われます。(p80~81) と指摘している。
第5.裁判例
1.神戸地裁 平成14年3月28日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] あり
→高次脳機能障害の疑いがある精神症状を認める。
他の後遺障害と総合して5級とする。
2.札幌高裁 平成18年5月15日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] あり
→高次脳機能障害を認定した(3級)。
<判旨>
裁判所は、まず、「[2]一定期間の意識障害が継続したこと」という要素について、
『控訴人は、上記認定事実のとおり、本件事故により、強い力を感じて目の前が真っ暗になった程度であり、一定期間、意識障害が継続したことはないので、この要素について充足していないとも考えられる。しかし、この要素については、前判示のとおり、意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳機能障害が起きるかどうかについて見解が分かれており、これを短期間の意識消失でもより軽い軸索損傷は起こるとする文献があること等から、必ずしも厳格に解する必要はなく、控訴人のように目の前が真っ暗になった程度であっても、充足していると解する余地がある。
と判断した。
また、被害者にはX線・CT・MRIでは、脳室拡大や脳萎縮といった外傷を疑わせる外見上の形跡が見当たらなかった点について、
『高次脳機能障害の場合、上記のとおり、損傷を受けた軸索の数が少ないようなときには、慢性期に至っても外見上の所見では確認できないが、脳機能障害をもたらすびまん性軸索損傷が発生することもあるとされ、このような場合は、神経心理学的な検査による評価に、PETによる脳循環代謝等の測定結果を併せて、びまん性軸索損傷の有無を判定していく必要がある。』
と指摘した。
裁判所は、結論として、
『当裁判所の判断は、司法上の判断であり、医学上の厳密な意味での科学的判断ではなく、本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも検討し、なおかつ、外傷性による高次脳機能障害は、近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり、今後もその解明が期待される分野であるため、現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい場合があり、また、昏睡や外見上の所見を伴わない場合は、その診断が極めて困難となる場合があり得るため、真に高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける場合があることをも考慮し、当裁判所は、控訴人が本件事故により高次脳機能障害を負ったと判断する。
とした。
3.大阪高裁 平成21年3月26日判決
[意識障害] あり(6時間程度)
[画像所見] なし
[症状] あり(原審は異なる評価)
→高次脳機能障害を認定した。
<判旨>
本件事故当日及びそれ以降に行われた頭部X線検査、頭部CT検査及びMRI検査において異常所見が認められていないけれども、
『Xは、本件事故により頭部に極めて大きな外力を受けて頭部外傷の傷害を負ったこと、その結果、本件事故後のXには、意識喪失が生じ、比較的早期に意識回復したとはいうものの、見当識障害があり、意識清明に戻るには一定の時間を要したこと、Xの本件事故後の症状は、典型的な高次脳機能障害症状を呈しており、高次脳機能障害と認定しても全く矛盾がないこと、本件事故前のXには、器質性であるか非器質性であるか問わず、精神障害はなく、知能が普通よりも高目と見られたのに、本件事故後の知能検査の結果では、ほぼ正常の範囲内にあるものの軽度の知的障害も認められること、本件事故後2回にわたっておこなわれたSPECT検査では、軽度ではあるが脳血流の低下が認められていること、本件事故後にXを長期間にわたり治療して認知リハビリにあたった医師は、Xの本件事故後の症状を高次脳機能障害と診断して後遺障害診断書に記載していることが認められる。
これに対し、本件事故後のXに本件事故による以外の原因として、器質性であれ非器質性であれ精神障害が発生したことを認めるに足りる証拠は存在しない((証拠略)は、外傷後に出現した精神障害の可能性が高いとするが、後記のとおり、採用することができない。)。
以上を総合して考えると、上記の各検査で異常所見が認められていないことを考慮しても、Xの本件事故後の症状は、高次脳機能障害の症状であると認めることができ、これは本件事故によって発生したと認められるから、優に本件事故との因果関係があることを肯定することができ、他の原因に基づくものということはできない。』
と認定した。
また、自賠責保険の認定基準について、
『確かに自賠責保険における一律的、画一的な高次脳機能障害の認定においては、(中略)客観的基準を重視し、客観的な基準を重視し、異常所見を必要とすることは有効ではあるが、(中略)CT、MRI、PET検査によって器質的損傷のデータが得られない場合でも脳外傷と診断すべき少数の事例があるとする高次脳機能障害における医学的所見もあることに照らせば、総合的な判断により、高次脳機能障害を認定することができることが十分に可能な本件においては、現在の医療検査技術のもとでXに脳の器質的損傷を示す異常所見が見あたらないからと行って、本件事故後のXの症状が脳の器質的損傷によることを否定することは相当ではない。
として、高次脳機能障害を認定した。
4.横浜地裁 平成21年9月28日判決
[意識障害] あり?(極めて短時間)
[画像所見] なし
[症状] あり
→高次脳機能障害を否定した。
5.千葉地裁 平成22年1月21日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] あり
ただし、事故の約4ヶ月経過後に人格変化等の症状が顕著になり、本件事故の約11ヶ月後から、状態の増悪によって長期にわたる入院治療を要することになった。
→高次脳機能障害を否定した。
6.名古屋高裁 平成22年2月12日判決
[意識障害] あり(軽度)
[画像所見] なし
[症状] あり
ただし、症状が発生し、あるいは重篤化したのは、どんなに早くても本件事故後2年半以上経過した平成16年2月以降であったと考えられるところ、このような極端に遅発的な高次脳機能障害の発生・増悪は、医学的に説明することができない。と指摘されている。
→高次脳機能障害を否定した。
なお、原審「岐阜地裁大垣支部 平成20年4月11日判決」は、
本件訴訟においては、原告の後遺障害の有無及び程度が最大の争点となっているが、上記のとおり、医学の専門的知識を持っている者の見解も必ずしも一致するところではない。
本件訴訟は、いうまでもなく本件事故によって原告が損害を被ったかを判断するものである。そのためには、必要な限度で医学的な判断を活用すべきといえるが、不断に進展する医学によっても、生体の機能が完全に解明されているとはいえないことを踏まえると、医学上の厳密な意味での科学的判断、科学的解明が絶対的に必要ということにはならない。
特に、本件で問題となっている高次脳機能障害は、近時においてようやく社会的認識が定着しつつあり、今後解明が期待される分野であるため、現在の臨床現場等では高次脳機能障害と認識されにくい場合があり、また、昏睡や外見上の所見を伴わない場合は、その診断が極めて困難となる場合があり得る。専門家の判断が分かれるなど、医学的に高次脳機能障害と断定できない場合について一切損害発生が認められないとするのは不当であることは明らかである。
また、訴訟で争われるべき因果関係は、法的評価としての因果関係の存在であるから、自然科学的因果関係そのものではなく、一転の疑義も許されないまでに科学的に究明されなければ因果関係の立証があったとはいえないというものではない。
そこで、当裁判所としては、損害の公平な分担という損害賠償の基本理念に立ち返りつつ、医学的な見解については当裁判所の判断に必要な範囲で考慮し、本件事故前後の原告の生活状況、現在(口頭弁論終結時)の原告の状況等を総合的に判断して、本件訴訟の帰趨を判断することとする。
とした上、
結局のところ、当裁判所としては、医学的な厳密な意味において原告が高次脳機能障害といえるかについては判断しない。事故によって意識障害があったものの、その回復過程において生じる被害者の認知障害と人格変性により、最終的に社会的復帰が困難となる障害が残遺する症状の総称としての高次脳機能障害に原告は該当すると判断する。
として高次脳機能障害を認定した。
7.大阪地裁堺支部 平成22年2月19日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] 疑わしい
→高次脳機能障害を否定した。
8.東京地裁 平成22年3月18日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] なし
→高次脳機能障害を否定した。
なお、丁山医師の見解に対する疑問を示している。
9.東京地裁 平成22年5月13日判決
[意識障害] なし(GCS14)
[画像所見] 当日なし
翌日あり
[症状] あり
→高次脳機能障害を認定した(7級)。
10.東京高裁 平成22年9月9日判決
[意識障害]
なし(直後の実況見分に立ち会い、車を運転)
[画像所見] なし
[症状] あり
→高次脳機能障害を認定した。
原審は、癸山医師の見解に疑問を呈し、高次脳機能障害を否定している。
11.福岡地裁 平成22年9月29日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] あり
→高次脳機能障害を否定した。
12.東京高裁 平成22年11月24日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] 疑問(事故後3ヶ月半も通院なし)
→高次脳機能障害を否定した。
13.福岡高裁 平成23年3月18日判決
[意識障害] なし
[画像所見] なし
[症状] あり
→高次脳機能障害を否定した。