第1.膝の動揺関節
1.動揺関節とは
関節は筋,靱帯,関節面形態により安定性を保ち,またその関節自体の可動範囲がある。したがってそれらの安定性関与因子に障害を生じた時,安定性を失い異常な可動性を示すことになる。そのような関節を動揺関節という。側副靱帯,十字靱帯損傷によって膝関節 knee joint にみることが多い。
患者は、異常可動性に基づく関節痛や不安定性を訴える。
2.動揺関節の原因となる傷病
靱帯・関節包の弛緩、関節辺縁の関節靱帯の断裂あるいは骨の欠損により起こる。
3.膝の各靱帯の役割
靱帯は関節包とともに膝の静的安定性を担っている。
内側及び外側側副靭帯
関節包の側面を補強し、内外への脱臼を防ぐ。
前十字靭帯
大腿骨に対する脛骨の前方への滑り出しを抑制するとともに、膝関節の過伸展も防止する。
後十字靭帯
大腿骨に対する脛骨の後方への滑り出しを抑制する。
4.各種検査
○単純XP
当然のことながら靭帯損傷そのものは評価できないが、靱帯の剥離骨折があれば損傷部の確定が可能であるという。関節辺縁の骨の陥没欠損などが動揺性の原因であるときは、有効かもしれない。
○ストレスXP撮影
ズレの左右差を計測する。靭帯損傷の客観的診断法として従来行われてきた。個体差、疼痛による防御、施行者の習熟度など、種々の影響を受けるため、客観性にやや欠ける傾向にあり、この検査は定性的な検査と考えるべきであるとの指摘もある)。
○MRI
膝靭帯損傷の画像診断の中心となっている。単純XPやストレスXP撮影より、正確に診断できるうえ、遺残靱帯の状態まで把握できるため、術式の選択にも有効で、さらに、損傷靱帯や再建靱帯の治癒状況も判定できるため、靭帯損傷の診断・治療の評価に極めて有用である、との指摘がある。
○関節内視鏡検査
十字靱帯については関節内視鏡が検査が最も信頼できるとの話もある。
○徒手検査
内側側副靱帯 外反ストレステスト
外側側副靱帯 内反ストレステスト
前十字靭帯 前方引き出しテスト
ラックマンテスト
後十字靭帯 後方引き出しテスト
5.後遺障害の認定基準
日常生活の中で、ないしは労働の場面で、どの程度、硬性補装具の助けを必要とするかを基準にしている。
a.常に硬性補装具を必要とするものは、第8級に準ずる関節の機能障害として取り扱う。
b.時々硬性補装具を必要とするものは、第10級に準ずる関節の機能障害として扱う。
c.重激な労働等の際以外には硬性補装具を必要としないものは、12級に準ずる関節の機能障害として取り扱う。
*硬性装具を終了し、軟性装具のみを使用している被害者はどのように扱われるのか。
私が担当した事例2の被害者は、支柱付き(継手付き?)軟性装具を装着し、自賠責の照会に対して主治医がその旨、回答していたが、8級が認定されている。
*ストレス撮影によるズレの左右差の大きさから、障害の程度を判別することは、難しいようである。私が医師に面談して尋ねた際の話では、個人差が大きくズレの大きい人でも、装具なしで大丈夫な人もいるような話だった。
6.装具の種類
硬性装具
両側支柱付
支柱なし
スウェーデン式
軟性装具
支柱付き(継手付き?)
支柱なし(継手なし?)
*継手と支柱の概念の違いがよくわかりません。継手は支柱ではないのか。
軟性装具は、硬性装具に比べて、動揺性を抑える力は弱いが、軽い、ずれにくい、かさばらないなどのメリットがある。日常生活を送るうえでは、軟性装具の方がはるかに快適なようです。
7.後遺障害等級について
⑴自賠責請求
受けておくべき検査と後遺障害診断書に記載すべき検査結果
添付すべき資料
⑵訴訟で後遺障害等級が争いになった場合の立証方法
8.裁判例
【横浜地裁 平成4年11月19日判決】(自保ジャーナル・判例レポート第109号)
[事案]
原告(16歳男子高校生)は、昭和62年9月12日午後4時40分頃、T字路交差点を自動二輪車で直進中、被告運転の乗用車が右折してきて衝突、139日入院を含む2年8か月の治療後、10級相当の右膝関節機能障害等を残した。
[傷病名]
右手CM関節脱臼、右大腿骨骨折、右下腿骨開放性骨折、右膝前十字、靱帯及び外側側副靱帯損傷
[自賠責の認定]
右膝関節動揺性については、前十字靱帯、外側側副靱帯損傷等の原因、横浜南共済病院の医証等を考慮して「著しい障害を残すもの」と認められ、10級11号適用が妥当である。
右下肢疼痛等の神経症状については、右右膝靱帯損傷等に伴う神経症状は右等級に含み、骨折に伴う神経症状については症状内容より、長期残存するものとは認められず、非該当である。
[裁判所の判断]
関節の動揺性については、右膝関節の伸展運動がマイナス値となっており、靱帯のゆるみがみられ、筋力低下が認められ、立位での長時間の就労、階段の昇降にかなりの制限がみられること、他方、原告は、現在固定装具の装着を要しないで、重労働でない通常の労働に従事し、労働に多少の支障はあっても固定装具の装着を常時必要としない程度のものし、通常の給与を得ているものと認められることに照らすと、右③「労働に多少の支障はあっても固定装具の装着を常時必要としない程度のもの」には該当せず、④「通常の労働には固定装具の装着の必要がなく重激な労働等に際してのみ必要のある程度のもの」に該当(12級7号)するものと認めるのが相当である。
なお、この判決は動揺関節を10級から12級に下げたものの、下肢の疼痛などに神経症状12級を認めていることが目をひく。認定理由は次のとおりである。
「原告には、右膝関節不安定性のほかに、主として右下肢に疼痛、倦怠感、しびれ、知覚障害、筋力低下、跛行等の症状が残存しており、これらは、右膝関節の機能障害とは別個のものとして判断の対象とするのが相当であり、他覚的所見等を考慮すると、右神経症状は、12級12号の『局部に頑固な神経症状を残すもの』に該当するものと認めるのが相当であるし、右股関節障害、跛行等も考慮すると優に12級に相当するものと認められる。」
【横浜地裁 平成11年1月28日判決】(自保ジャーナル1314号)
[事案]
左膝前後十字靭帯損傷等で118日入院、85日実通院、10級11号の事前認定を受けている。裁判所は、原告が約5年前の自動車事故で左膝蓋骨骨折等で入院し、治癒後3年くらい経過後から季節の変り目等膝に疼くような痛みが生じ、保温用のサポーターをしていたと認定した。
本件事故で左膝前後十字靭帯損傷等を負ったが「診療録には既往症として左後十字靭帯損傷と記載されている」等から、「後遺障害等には既存事故の寄与があるものと認められ、前記事情からすれば、その割合は3割と認める」と3割の素因減額を適用した。
[傷害の部位、内容]
左膝前十字靱帯、後十字靱帯損傷、左膝半月板損傷、
[原告の主張]
労作時の左膝痛及び靱帯の作用をほとんど喪失したことによる不安定、特に左膝屈曲位での疼痛が強く、中腰などの左膝に負担がかかる姿勢をとったり、維持したりすることには甚だ困難が伴い、蹲踞正座不能、階段の昇り降りに著しい困難があり、日常動作にも、夜間就寝中を除いて左膝の支持補助装具の着用が不可欠の状態にあり、このような苦痛に悩まされながら、毎日の労働及び日常生活を送っているもので、後遺障害等級の第8級7号の「1下肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの」に該当する。
[被告の主張]
1関節の用を廃するとの認定を受けるためには常時装具を要する状態であることが必要であるところ、原告は、その状態には至っていない
[裁判所の判断]
主治医が作成した後遺障害診断書の記載では、中腰等に困難を伴うという程度で、日常動作にも装具着用を要しているという記載はあるものの常時固定装具の装着を絶対に必要とするものという事情までは伺えないなどとして、原告の後遺障害は、労働に支障があり、常時固定装具の装着を絶対に必要とする程度のものとは認められず、その後遺障害の程度は、10級11号にとどまるものと認められるとした。
なお、本件は、労災で8級と認定されたことが認められ、障害者手帳用の診断書で4級相当(4級は1下肢の膝関節の機能を全廃したもの)の診断がされているにもかかわらず否定されている。
→ 判決理由を見る限り、8級が認められて良い事案だったと思われる。
→ 訴訟提起前、自賠責の異議申立をしておくべき事案だった。
【京都地裁 平成14年2月21日判決】(自保ジャーナル1452号)
[事案]
34歳女子有職主婦の原告は、平成9年12月11日午前9時26分ころ、T字路渋滞交差点を自動2輪車で直進中、交差道路から右折進入してきた被告運転の小型貨物車に衝突され、左膝靱帯損傷等で29か月に61日入院、240日実通院して10級11号を残したとして提訴。自賠責の認定等級は明らかでないが、「被告加入の自賠責保険及び任意保険により、合計692万3,527円の支払いを受けた」との記載があることからすれば、10級が認定されたと見るべきか。
[傷病名]
左膝複合靱帯損傷(前・後十字靱帯、内・外側側副靱帯損傷)
[原告の主張]
原告には、寝る時以外には常時支柱入りのサポーターを必要とする左膝の不安定性、屈曲困難、左膝関節の頑固な疼痛、左下肢の醜状痕の後遺障害が残存したものであり(もっとも、原告は、医師から、筋力をつけるため、できるだけサポーターに頼らないよう指示されており、現在では、30分以上立ったり、歩かなければならないときにサポーターを装着している。)、これらの後遺障害は、後遺障害等級10級11号(1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの)に該当する。
[被告の主張]
原告の左膝関節の障害の程度は、常時支柱入りのサポーターを必要とするほどのものではなく、また、支柱入りのサポーターが実際に使用されていたこともない。原告が使用していたサポーターは軟性のものであり、しかも、それを常時装着しているわけではない。したがって、原告の左膝関節に残存した後遺障害は、「左膝関節の機能に障害を残すもの」として後遺障害等級12級7号に該当するにすぎない。
さらに、原告の後遺障害逸失利益を算定するに当たっては、将来の馴化及び改善の可能性を斟酌し、逓減方式又は15年程度を限度として算定すべきであり、また、原告が復職していることも考慮すべきである。
[裁判所の判断]
「関節の機能に著しい障害を残すもの」とは、動揺関節の場合、「労働に多少の支障はあっても、固定装具の装着を常時必要としない程度のもの」をいい、ここにいう「固定装具」とは、硬性のものをいい、軟性のものを含まないと一般に解されているところ、証拠(略)によると、原告が左膝に装着している装具は、金属支柱(フレーム)入り膝軟性装具であって、膝を固く固める硬性の装具ではなく、屈曲と伸展が比較的自由にできるが、左右と前後の動揺性をある程度制限しようとするものであることが認められる。
そうすると、原告は、そもそも、左膝に硬性の固定装具を装着しているものではないから、原告の左膝関節の不安定性は、それ自体としては、後遺障害等級10級11号に該当しないものといわざるを得ない。
そこで、他の後遺障害について検討すると、まず、左膝関節の屈曲困難については、原告の左膝関節の可動域は自動で72度にすぎず、健側の右膝の可動域(128度)の4分の3以下に制限されていることが認められ、この後遺障害は、12級7号に該当すると認められる。次に、左膝関節の頑固の疼痛については、当該機能障害に含めて評価されるべきものと解される。以上のとおりであるから、本件事故による受傷の結果、原告には後遺障害等級12級7号該当の後遺障害が残存し、原告は、当該後遺障害により、14%の割合で労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
上記後遺障害による原告の労働能力喪失期間については、症状固定時の36歳から67歳までの31年間とみるのが相当である。
9.担当事案
【事例1】
事故時26歳の男性。普通2輪乗車中で直進中に、右折乗用車に衝突され、右膝膝蓋骨脱臼、右膝内側副靭帯損傷、右膝前十字靭帯損傷、右膝後十字靭帯損傷の傷害を負い110日間入院。事故から10日目に内側側副靭帯修復、内側膝蓋大腿靱帯修復の観血的整復手術を受け、事故から約3か月後に右前十字靭帯、右後十字靭帯の再建手術を受けている。
自賠責の認定は8級であるが、訴訟では、保険会社側から12級かせいぜい10級程度であるとの主張がなされている。
1 主治医の意見書について
2 保険会社側医師の意見書について
3 保険会社側の装具に関する報告書について
反論として提出した意見書
4 保険会社側撮影のビデオについて
反論として提出したビデオ
【事例2】
事故時38歳の男性。自転車で横断歩道を横断中、右折貨物自動車に衝突され、左膝関節内脛骨外顆開放性粉砕陥没骨折の傷害を負い、133日間入院した。
自賠責の認定は8級であるが、裁判では障害等級は特に争いにはならなかった。
支持付き軟性装具を常時着用している状態であったが、8級の認定が自賠責によりなされた理由。
第2.動揺関節以外の事例報告
1.左大腿骨転子下骨折で、自賠責で併合9級が認められたが、労災で12級しか認められなかったため、審査請求、再審査請求をし、最終的に労災では10級が認定された。
(自賠責)
大腿骨の30度外旋位 → 長管骨の変形として12級
2分の1以下の可動域制限 → 10級
(労災)
神経症状12級
(労働保健審査会による裁決)
2分の1以下の可動域制限 → 10級。
神経症状は上位の等級である機能障害をもって評価されるべきであるとした。
(訴訟)
可動域制限の10級のみ認定
本件で可動域制限の有無が問題となった理由
2.右膝関節内骨折で、自賠責から神経症状12級を認定された例。
3.自賠責認定後に症状が改善し、他動運動での可動域制限がほとんどなくなったが、自動値では3/4の可動域制限を残した事案で、保険会社側の非該当との主張を排斥し、12級相当の後遺障害が認定された例(障害部位は足関節)。
等速性筋力測定器(トルクマシーン)による、筋力低下の立証。