第1.めまい・ふらつきについて
1.めまい・ふらつきとは
⑴ めまい・ふらつきの意義
めまい・ふらつきは、実際には頭部や身体が回転したり動揺したりしていないにもかかわらず、あたかも回転したり動揺しているかのように感じてしまう現象であり、一種の錯覚である。
錯覚する部分が大脳であることは間違いなく、そういう意味ではめまい・ふらつきの最終責任臓器は大脳である。
⑵ めまい・ふらつきを感知するメカニズム
大脳は、眼、内耳、四肢、躯幹、頸部などの末梢器官から入力される複数の感覚情報をもとに「今、自分の頭部や躯幹がどのような位置にあり、どのような方向に向いているか」を判断している。この複数の入力経路を介する感覚情報は、通常、ほぼ完全に一致しているので、正常な生理的状態では大脳が頭位や体位を誤認することはない。
しかし、何らかの異常により複数の入力情報間に不一致が生じた場合、大脳は、頭位や体位を正確に把握できなくなり、結果的にめまいやふらつきなどの症状が出現する。めまい・ふらつきの出現機序にはいまだ不明な部分が多いが、この感覚情報の不一致がめまいやふらつきをもたらすといって大きな間違いはない。
⑶ めまい・ふらつきの発生原因
感覚経路の末梢器官である眼、内耳、頸部などに障害が生じるとめまい・ふらつきが起きる可能性があり、また感覚系の伝達路である脳幹、小脳、大脳に障害が生じた場合でもめまい・ふらつきが起きる可能性がある。
めまい・ふらつきの原因は多種にわたることが知られており、内耳性疾患、眼疾患、頸部異常、小脳・脳幹疾患、大脳疾患、脳循環障害、うつ状態などがめまい・ふらつきを起こしうるとされている。
⑷ めまい・ふらつきの種類
・末梢性めまい(内耳性めまい)
・中枢性めまい
・頸性めまい
・高齢者のふらつき
2.内耳性めまい
⑴ 内耳には、音感受性の蝸牛部分以外に、頭の傾斜角度の変化や回転力などを平衡感覚刺激として感じ取る前庭部分(卵形嚢斑と球形嚢斑)と三半規管がある。
⑵ 卵形嚢斑と球形嚢斑を総称して耳石器(耳石器官)あるいは平衡斑と呼ぶ。半規管は、それぞれ直角に交わる3つの半円形の管からできている(三半規管)。
平衡感覚を捉えるのは有毛細胞群であり、半規管にある有毛細胞は、頭を回転させた場合の回転などの動きを感知して神経に伝え、耳石器にある有毛細胞は、身体の傾きと直線的な動きを感知して神経に伝える。
⑶ 耳石器や半規管(三半規管)の障害が原因で、生じるめまいが内耳性めまいである。
3.「内耳性めまい」以外のめまい
めまい・ふらつきの原因は、内耳性疾患以外にも、眼疾患、頸部異常、小脳・脳幹疾患、大脳疾患、脳循環障害、うつ状態など多種にわたっている。
【入野医院総合めまいセンターで、配布している案内】
「めまいの根底にある平衡機能障害に関係する体の部位は、耳だけではなく、脳の総合的な働き、目から脳への情報、および、首を中心とした神経などの障害が複雑にからんでいるものと考えるべきでしょう」と指摘している。さらに、同院の別の案内は、「『めまい』には、耳・脳・目・頚こり・ストレスなど多くの原因があり、さらにそれらの原因が重なっている場合も多くある」と指摘し、「めまい」に対する各科専門医の総合的な診療の必要性を述べている。
【JOHNS18巻7号「特集めまい・ふらつき」の目次】
「内科疾患からみためまい・ふらつき」「循環器疾患からみためまい・ふらつき」「脳神経外科疾患からみためまい・ふらつき」「整形外科疾患からみためまい・ふらつき」「眼科からみためまい・ふらつき」などのタイトルの論文が並んでおり、めまい・ふらつきが、耳鼻科の領域に収まらない疾患であることをうかがい知ることができる。様々な専門領域からの多角的な検討が必要なことを示唆している。
4.耳鼻科医は内耳性めまいに焦点をあてがち
耳鼻科医は、平衡機能障害の診断にあたって、内耳性めまいに焦点をあてがちである。また、内耳性めまいが、「回転性めまい」であることが多く、「回転性めまい」の場合、眼振検査で異常が見られる可能性が高いことから、耳鼻科医は、眼振検査の結果を過大に評価しがちであることには注意を要する。
5.めまい・ふらつきについての検査方法
⑴ 各種眼振検査
・重心動揺性検査
・聴性脳幹反応検査
・直立検査
・足踏検査
・歩行検査
⑵ まずは、眼振検査を耳鼻科でしてもらう。眼振検査で異常がでなければ、中枢性めまいや頸性めまいを疑い、脳神経外科や整形外科の受診も検討する。
また、複視からきている可能性があることにも注意する。
第2.Kさんの事例
1.事故の概要
⑴ 発生日時
平成9年3月21日午後7時5分頃
雨の中、青信号に従って横断歩道を歩行中、右折貨物自動車にぶつけられた。
⑵ 傷病名
外傷性頭頚部症候群
頭部打撲挫創
頚髄損傷(画像上の所見無し)全身打撲症
右上斜筋麻痺(外傷性)・複視
外傷性ストレス障害
頭部外傷後うつ病
めまい症、頸椎症、うつ状態、高血圧症
⑶ 入通院経過
[入院151日]
平成9年3月21日~6月1日
鶴見緑地病院(73日)
平成9年6月9日~同年7月22日
成仁会病院(44日)
平成10年11月5日~15日
済生会吹田病院(11日)
平成11年6月22日~7月14日
国立循環器病センター(内科脳血管部門)(23日)
[通院実日数307日]
平成9年4月4日~平成11年2月26日
関西医科大学附属病院眼科(実通院日数10日)
平成9年6月5日~平成10年6月24日
成仁会病院(実通院日数243日)
平成10年5月13日~10月7日
関西医科大学附属病院精神神経科(実通院日数12日)
平成10年11月16日~平成11年4月21日
済生会吹田病院(実通院日数12日)
平成11年5月6日~平成13年5月14日
国立循環器病センター(実通院日数30日)
症状固定後(固定時期については争いあり)、関西医科大学附属病院脳神経外科、富永記念病院(脳神経内科)も受診している。
⑷ 後遺症の程度・等級(自賠責の認定)
ア.頭部外傷後の焦燥感・ふらつき 12級12号
イ.頸部外傷後の両上肢知覚異常 14級10号
ウ.複視 14級
2.訴訟続きでの審理
⑴ 一審判決(大阪地裁平成16年1月22日)
平野Drの後遺障害診断書を採用し、内耳性めまいとして3級認定
⑵ 高裁での審理
ア.4人の医師の意見書
[原告側]
富永記念病院院長 平野悟医師(専門:脳梗塞・脳腫瘍)
国立循環器病センター脳血管内科部長 成冨博章医師(専門:神経内科)
[被告側]
関東労災病院副院長 調所廣之医師(耳鼻科医)
長野展久医師(脳神経外科)
イ.判決
7級、素因減額30%