交通医療研究会

胸腹部臓器の障害

2023.05.18

第1.胸腹部臓器の内容

1.胸部臓器
心臓、肺、甲状腺、肋膜、横隔膜など(交通事故では障害が残ることは珍しい?)
2.腹部臓器
肝臓、脾臓、腎臓、すい臓、膀胱、小腸、大腸
3.後遺障害等級
【臓器の種類を問わない等級】
1級  常時介護を要する
2級  随時介護を要する
3級  終身労務に服することができない(膀胱の機能廃絶)
5級  特に軽易な労務以外の労務に服せない
7級  軽易な労務以外の労務に服せない(尿路変更術を要したもの、慢性腎盂腎炎、水腎症、膀胱が50cc以下に萎縮など)
9級  服する労務に制限がある
11級    胸腹部臓器に障害を残すもの(膀胱括約筋の変化によることが明らかな尿失禁、常時尿漏するもの、糸状ブジーを要するもの)
【臓器により特に等級を定めているもの】

7級  両側の睾丸を失ったもの
7級  1腎の摘出で、他方の腎臓に腎炎のため全身倦怠がある
8級  脾臓又は1側の腎臓を失ったもの
9級  生殖器に著しい傷害を残すもの(陰茎の欠損など)
11級   1側の睾丸の欠損

第2.脾臓について

1.機能
赤血球の産出や貯蔵所としての機能のほかに、免疫上、以下の機能を有する。
食菌作用(特に、肺炎球菌やインフルエンザ)
血中内異物の捕捉
タフトシンやオプソニンなどの貪食促進因子の産出
オプソニン化されていない病原微生物を唯一貪食する場
1970年代中頃までは、脾臓摘出が脾損傷の治療として主流であったが、1970年代中頃以降は脾臓の免疫機能の重要性からなるべく温存する方向で治療するようになっている。
WHOも肺炎球菌ワクチンを接種すべきリスクの高い患者として先天性免疫不全患者と並んで脾摘患者を挙げている(但し、ワクチンの予防効果は完全ではない)。
2.脾摘による影響
特段影響がないという知見もあるが、以下のような症状をきたす場合がある。
⑴脾摘後症候群
免疫臓器である脾臓を摘出したことにより感染防御能力が低下したことにより発熱や倦怠感に常時襲われる症状
なお、「脾摘後症候群」の術語に言及した判例は神戸地裁平成5年8月6日判決のみ。
⑵脾摘後重症感染症(OPSI)、脾摘後重症敗血症(OPSS)
発生機序は明らかでないが、脾摘患者は、重篤な感染症に罹患して死亡にいたる場合がある。
一般的に、若年に脾臓摘出するほど、免疫機能に異常を来たしやすいとされているが、大規模な疫学調査をしないと詳細は不明。
また、脾摘から時間が経てば経つほど、免疫機能への影響が軽くなるといわれているが、やはり大規模な疫学調査をしないと詳細は不明。
海外の研究では、OPSIによる死亡率は、一般人口における重症感染症の58倍の死亡率となっている。
本邦の研究でも、脾摘後20年以上経過してからOPSIを発症して死亡した例が報告されている。
3.いわゆる島津論文(赤い本2004の443頁以下で引用)について
島津論文の骨子は、
日本におけるOPSIの発生率は低いというものである。
具体的には、阪大の特殊救急部での30年間の脾摘患者の追跡調査ではOPSIの発祥がない、文献的検討で明らかに外傷後のOPSIの発症は7症例のみと結論付ける。
しかし、島津論文には以下の問題点がある(私見)。
①長期予後調査を実施して免疫学的検査までしたものがわずか21症例に止まり、わずかなサンプル症例で推測をするのは統計学的に危険。
島津論文で引用されているアメリカの統計では144症例中4例で、オーストラリアの統計では628症例中8例でOPSIの発生が報告されており、少なくとも100症例以上の追跡調査を行う必要があるのではないか。
②1970~1999年の和文文献(医学中央雑誌)で7症例しか報告されていないとするが、上記期間内に14症例報告されている文献と説明がつかない(明らかな外相という絞りがあり、また、医学中央雑誌がどの範囲の文献を指すか不分明ではある)。
③そもそも、島津論文は、損保協会の財政的援助を受けて作成されており、結論部分にバイアスの可能性を払拭できない。
4.和解した案件で保険会社が提出した意見書について
労働能力喪失率:20%
特に根拠は示していない。
喪失期間:10年
①発熱の原因として脾臓血管の血栓によるものでいずれ消失する。
②受傷後一年半経過しても敗血症を発症していないから10年の経過観察で敗血症の危険性はほぼ消失する。
しかし、①については、脾臓血管の血栓によるものというより、免疫の異常という脾摘後症候群によるものであり、10年で消失するというデータはない。
②についても、10年で敗血症の危険性が消失するというデータはない(判例上も、労働能力喪失期間を制限したものはない)。
5.判例
判例は、赤い本2004の443頁以下で引用されているものを参照。2006年4月から13級に引き下げられる可能性が存するので過去の判例を参照しても仕方がなくなる可能性が高い。
高い労働能力喪失率を認定した理由としては、①8級だから、②免疫機能に影響があるからというのが多い。
低い労働能力喪失率を認定した理由としては、脾摘しても生命活動に影響を及ぼさないというものが多い。

第3.腎臓について

機能としては、
①水分を排泄し、体内の水分量を一定に保つ
②代謝により産出された有毒物を排泄
③血液中の酸素を一定に維持する
ことなどである。
1.東京地裁八王子支部平成13年9月26日判決
内容:腎機能障害が受傷により増悪し将来にわたり人工透析必要として5級(事前認定どおり)
2.岡山地裁平成9年5月29日判決
内容:単腎による腎臓機能の低下(事前認定8級)
喪失率など:当面目だった生活上の支障はないものの、労働能力に相当程度の制約が容易に推認できるとして20%(11級相当)
3.名古屋地裁平成2年10月31日判決
内容:右腎臓の3分の1の機能停止
喪失率など:左右一対の4分の1程度になっても腎臓の機能は最小限保たれるとして、逸失利益を否定した。慰謝料として11級11号の半分程度を認定。

判例からは、単腎の喪失などの労働能力喪失率は、脾臓喪失と同様に、実際の症状や仕事への支障を具体的に立証する必要がある。但し、単腎の喪失は13級となりそうである。
また、血液透析患者は、免疫力が低下しているため、B型肝炎を発症する可能性もある。

第4.肝臓について(全て、肝炎に関するもの)

交通事故では、輸血によるウイルス感染で罹患した肝炎が問題となる。
日本で輸血による感染が問題となるのは、B型とC型である。
C型肝炎については、1997年以降、輸血により感染する可能性がかなり小さくなっている。
1.岡山地裁平成10年3月26日判決
内容:胆嚢摘出、C型肝炎(自賠責の認定不明)
喪失率など:公務員であり多少疲れやすい程度で、昇給昇格に不利益な取扱がなされる可能性がないではない程度。定年退職後は、職種や労働能力が制限される。→定年までは10%(13級程度)、定年後は35%(9級相当)
2.大阪地裁平成7年12月4日判決
内容:C型肝炎(事前認定なし。∵GOTとGPTが正常域内のため)
喪失率など:治療の継続、過労の回避、食事制限が不可欠で、症状が将来に残存する可能性(肝硬変や肝ガンへの進行)があるから、後遺障害として評価。時間外労働の制限、毎日の通院より、12級に相当(14%)すると認定。
3.東京地裁平成5年4月22日判決
内容:慢性肝炎、胆石症
喪失率など:肝外傷を原因とする胆のう炎、胆石症,術後肝障害に罹患し、全身倦怠感が残存。肝炎については将来肝硬変になる可能性が高い。インターフェロン療法も副作用として発熱、全身倦怠感、血小板・白血球の減少があるなどと認定して、30%の労働能力喪失を認定。
4.大阪地裁平成2年10月22日判決
内容:右膝関節機能障害(10級)
下肢三センチメートル短縮(10級)
非A非B肝炎による肝機能障害(事前認定なし)
喪失率など:増悪と緩解を繰り返しており、GOTの数値が上がると倦怠感が強まり就労が困難となるが、平均的には事務等の軽易な労務であれば可能。自動車の運転もしていることから、9級相当(35%)と認定。保険会社は、ウイルス感染と事故との因果関係を争ったが、昭和63年当時で感染防止法が確立していなかったこと、輸血の一定割合で感染すること、輸血後の非A非B肝炎の慢性化率が30~50%と高いことより、相当因果関係を肯定。

判例からは、労働能力喪失率は、実際の症状(特に、肝硬変や肝ガンなど症状が悪化する可能性)や仕事への支障を具体的に立証する必要がある。また、新基準によると、肝硬変や慢性肝炎を発症しているか否かで等級が変わってくる。

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