将来的に、介護報酬が低廉化するとすれば、その前提として、介護の現場をとりまく『人手不足』という重大な問題の解消が見込める状況が現れなければならない。 1.人手不足が深刻化していること 近年の減額改定は平成27年のみである。この時点においてですら、介護事業における人材確保の観点からすれば、長期的には、介護報酬の引下げによって介護費用の伸びを抑え続けることは難しくなると予想されていた。 長期デフレの下では名目賃金や物価は概ね前年を下回るか横ばいで推移してきたが、日本経済がデフレから本格的に脱却すれば、国内の平均的な給与水準は一般物価を上回るペースで上昇する。そうした中では介護業界でも人材を確保するために賃上げを実施しなければならない。介護業界の人件費は事業収入の6割程度にも達するため、介護報酬は事業所の利益を確保し、健全な事業活動を維持する観点から、引き上げられると考えられていたのである。 そして、現時点においても、介護現場の人手不足は依然として深刻な状況にある。高齢者の増加でサービス需要が加速度的に拡大する一方、肉体的に過酷な介護の仕事は敬遠されがちであり、他業種との人材の奪い合いが始まっている。介護各社は労働条件の改善などで人材を確保する必要性に迫られているのである。 かかる状況を反映して、平成29年度の介護報酬改定では、+1.14%の増額改定となったのである。 2. 外国人介護労働者の受け入れにより人手不足の解消が見込まれるか ⑴政府の動き 政府は従来の経済連携協定(EPA)による枠組みに加え、新たに介護分野への外国人の受け入れ拡大に向けた2法案を成立させるなど、不足する介護人材を外国人労働者で補完しようとする動きを加速させている。 ⑵ドイツの現状 ドイツは、既に2000年代の初めから積極的に外国人介護労働者を受け入れてきた。しかし、介護分野の高度な人材の確保・定着は難航しており、外国人介護労働者を国内に惹きつけ続けるための環境整備に苦戦している。 ⑶我が国の現状 日本へ就労した外国人労働者は、介護分野を選択した理由として、 安全・安心 政府のサポート 日本式の質の高いサービスの習得 などを挙げる一方で、就労定着のネックとして 待遇 スキルアップなどの支援体制 を挙げている。 中には、介護福祉士資格を取得しても、習得した日本語能力が自国の日系企業(待遇が良く、夜勤なし、土日休み)への就職に有利であるからと帰国してしまったり、次の受け入れ国に行くまでの資金と介護スキルの蓄積と捉えていたりするケースもある。つまり、日本の介護分野で就労することは、外国人労働者にとって母国の同分野で就労するよりは条件が良いものの、他の受け入れ国と比較すれば、決して有利というわけではない。 雇用環境が悪いために国内で人材確保が困難な分野については、外国人労働者にとっても同様なのであり、中長期的な人材の確保・定着は望めないと考えなければならない。 ⑷まとめ 外国人介護労働者を受け入れるための制度を創設しただけで、介護分野の人材不足解消が図れるほど甘い状況ではない。 現状のままでは介護人材の不足が解消できる見込みはない以上、介護報酬の水準が下がる見込みもない。 3.介護のICT化、ロボットセンサーの活用 介護分野においてICTやロボットセンサーを活用すれば、介護者の負担軽減や介護事業所の業務の効率性・生産性を向上させることができるとされる。 では、負担軽減や効率化によって、少ない人材で介護を実施できれば、介護報酬の水準を抑制できるのか。 ⑴ 介護施設での導入が前提とされていること 平成30年(2018年)の介護報酬改定でも改めて強調されているように、介護が必要な高齢者に対して施設が不足する日本では、在宅ケアを中心とする地域包括ケアシステムの構築が優先課題である。 しかし、これまで開発・導入が進められてきた介護ロボットの多くは、施設での利用を中心に考えられているものが多く、在宅での利用を見込んで開発されているものは少ない。天井レールに設置する屋内移動機器などはあまり在宅には向いていない。移乗介助機器や入浴支援機器なども、介護士などの介助があればこそ効果を上げるような機器が中心である。 現状のロボット介護機器開発・導入事業には、先進技術で在宅ケアを支えるという視点がやや乏しく、地域包括ケアシステム推進策とは矛盾している。 従って、これらの機器の導入によって、在宅介護における介護負担を軽減できるか否かは判然としていないのが現状である。 ⑵ 施設でも導入事例が少ないこと 介護ロボットの導入によって、一部の事業所では、介護職員の負担の軽減やサービスの質の向上が確認されている。しかし、こうした事例はまだ少ない。介護ロボット導入のハードルとして、高額な費用負担の問題や、介護職員の配置基準の問題、介護ロボットの開発の方向性と利用者側のニーズとのミスマッチなどが挙げられている。 介護ロボットの導入促進には、これらの課題への対応が必要なのであり、導入促進を政策として掲げただけの段階で、効果を判定するのは時期尚早である。 ⑶ 導入費用の問題 現在、何らかの介護ロボットを導入している施設の割合は約2割であり、それ以外の施設は導入していない。介護施設で介護ロボットを導入していない理由は、 価格が高いから(56%) が最も多い。 移乗介助機器などは高額であり、1台あたり数百万円する。事業所にとっては、介護ロボットの導入にかかる費用負担の問題が大きい。 これを在宅介護で導入する可能性が高いとはいえない。実績もないことから、賠償の対象となりうるかも判然としない。 ⑷ ロボット技術は遷延性意識障害・重度の脊髄損傷の障害実態と相容れないこと ロボット技術が導入されるのは、 ① 移乗介助 a.ロボット技術を用いて介助者のパワーアシストを行う装着型の機器 b.ロボット技術を用いて介助者による抱え上げ動作のパワーアシストを行う非装着型の機器 ② 移動支援 c.高齢者等の外出をサポートし、荷物等を安全に運搬できるロボット技術を用いた歩行支援機器 d.高齢者等の屋内移動や立ち座りをサポートし、特にトイレへの往復やトイレ内での姿勢保持を支援するロボット技術を用いた歩行支援機器 e.高齢者等の外出等をサポートし、転倒予防や歩行等を補助するロボット技術を用いた装着型の移動支援機器 ③ 排泄支援 f.排泄物の処理にロボット技術を用いた設置位置の調整可能なトイレ g.ロボット技術を用いて排泄を予測し、的確なタイミングでトイレへ誘導する機器h.ロボット技術を用いてトイレ内での下衣の着脱等の排泄の一連の動作を支援する機器 ④ 見守り・コミュニケーション i.介護施設において使用する、センサーや外部通信機能を備えたロボット技術を用いた機器のプラットフォーム j.在宅介護において使用する、転倒検知センサーや外部通信機能を備えたロボット技術を用いた機器のプラットフォーム k.高齢者等とのコミュニケーションにロボット技術を用いた生活支援機器 ⑤ 入浴支援 l.ロボット技術を用いて浴槽に出入りする際の一連の動作を支援する機器 ⑥ 介護業務支援 m.ロボット技術を用いて、見守り、移動支援、排泄支援をはじめとする介護業務に伴う情報を収集・蓄積し、それを基に、高齢者等の必要な支援に活用することを可能とする機器 とされている。 c、d、e、f、g、h、i、j、lは、ある程度の移動ができることが前提とされており、遷延性意識障害・重度の脊髄損傷には適さない。 ⑸ まとめ ロボットの導入は介護施設においても進んでおらず、介護負担の軽減されるか否か、軽減される程度なども判然としない。 また、ロボットの導入費は高額であるが、この購入費および買換費を計上できないのであれば、それとの均衡上、ロボットの導入を理由として介護費の水準を下げるという認定は避けなければならない。 |