交通医療研究会

こころの後遺障害

2023.05.18

■ まとめ

交通事故を契機にして「こころ」の後遺障害が発生しうることは、いわゆるPTSD問題を契機に認識されるに至った。
しかし、PTSD概念の曖昧さと相まって、「PTSDであるか否か」ですべてが決まるかのような発想は主流でなくなりつつあると思われる。
おりしも、平成15年8月8日には厚生労働省の通達が出され、同年10月1日以降治癒した後遺障害については新たな認定基準が適用されるようになった。そこでは、うつ病やPTSDなどの非器質性精神障害について、9、12、14級の3段階で障害等級を認定することとなっている。

■ 従前の取り扱い

従前は、「こころ」の後遺障害=精神医学的治療をもってしても治癒しない非器質的精神障害(脳の器質的な変化を伴わない精神障害)は、神経症状の一種として14級の認定を受けるにとどまっていた。

PTSD判決の登場

PTSD=Post-traumatic Stress Disorder=心的外傷後ストレス障害は、アメリカにおいてはベトナム戦争帰還兵にその症例が多くみられた。我が国において社会的に認知されたのは平成7年の阪神大震災、地下鉄サリン事件以来である。
これを受けて、平成10年6月には横浜地裁で、同11年2月25日には大阪地裁で、それぞれ、PTSDを後遺障害7級4号と認定する判決が出された。

PTSDとは何か?

著しい概念の混乱。精神科医によって、まちまち?
一応の目安となるのが、国際保健機構(WHO)が作成したICD-10と、アメリカ精神医学会によるDSM-Ⅳ。

PTSD否定判決が主流に

かつてのDSM-ⅢRが「人が通常経験する範囲を超えた」外傷体験(トラウマティックな体験)を要件としていたのに対し、ICD-10もDSM-Ⅳもやや要件を緩和したために、交通事故でもPTSDが発症する余地は生じる。
しかし、かなり限定的。通常の追突事故などで発症を認定することは困難。横浜、大阪地裁判決の事案もこれらの基準に照らせば?
保険会社などが熱心にICD-10、DSM-Ⅳの存在を裁判で主張したためか、その後、PTSDを認定する裁判例は減少。自動車保険ジャーナルNo.1501の記事によれば、東京地方裁判所平成14年7月17日判決がこれらの診断基準を厳格に適用すべきであると判示してからは名古屋地裁判決の1件のみ。

PTSD概念の相対比

しかし、「PTSD否定判決」も、事故と相当因果関係ある14級以上の「神経症状」などを認め、一定の素因減殺をする例が多い。
そもそも、DSM-Ⅳの序には「診断基準はあくまで臨床的判断での活用であって、法律的な目的のための存在であることを十分に確立していない」

新基準

以下に見るように、労災については新たな認定基準が設けられた。これPTSDも意識した基準であり、今後の交通事故損害賠償の実務に与える影響も大であると考えられる。
平成15年6月「精神・神経の障害認定に関する専門検討会報告書」
平成15年8月8日 厚生労働省通達
平成15年10月1日以降治癒した後遺障害について適用

ポイント
○事故によって発症した「うつ病」や「PTSD」を「非器質性精神障害」と分類
Cf. 器質性精神障害…脳挫傷、一酸化炭素中毒によって発症した精神障害

○非器質的精神障害の本質
本質的には身体的機能において何ら傷害されていないので、適切な精神医学的治療を行うことによって原則として完治しうる。多くの場合おおむね半年~1年、長くても2~3年の治療により完治する。

○症状固定の時期
原則として各種の日常的動作がかなりの程度でき、一定の就労が可能となる程度以上に症状がよくなった時期に症状固定(元の仕事に戻れなくても可)。
一般的な療養期間(2~3年)を超えたときには、就労意欲の低下などによりなお就労がかなわない場合であっても、日常生活はかなりの程度できる状態にまで回復している場合には症状固定
3年をすぎても重篤な症状が続いている場合には、なお将来において大幅に症状が改善する可能性があるので、症状固定とせず、療養を継続。

○後遺障害の程度
上限は9級。(Cf.器質的精神障害では1級もある)
「仕事に行けない」という状況を捉えて、労働能力の大半を喪失したと評価するのは適切ではない。
∵身体的能力はもちろん、計算、会話、伝達等の精神活動能力はおおむね正常。
ただし、非常にまれに「持続的な人格変化」を認める場合あり。その場合は個別に判断。

○症状が変動すること等による障害認定上の留意点
症状が固定しても、症状や能力低下に変動が見られる。
~労働能力喪失期間を短期に見るべきという趣旨か?

○具体的な症状
抑うつ状態、不安の状態、意欲低下の状態、慢性化した幻覚・妄想の症状、記憶または知的能力の障害、その他衝動性の障害・不定愁訴など

○後遺症評価の問題
・障害認定の考え方
症状が多様で定量化が難しいことから客観的評価は困難。臨床心理的各種テストは評価・判定手段として不十分。
臨床経過等を十分踏まえ、障害のもととなる精神症状の有無、内容を臨床精神医学的に確認し、それらの精神症状が就労するに当たって具体的にどのような能力低下となって現れているかを、具体的に検討し、評価した上で、判定すべき。
・具体的な認定方法
診断書だけでなく、主治医に対して「意見書」の提出を求め、以下の症状などを照会する(主治医の責任重大!)
精神症状の有無、内容の確認…上記の具体的症状の存否確認
能力低下の状態の評価…8項目について4段階の評価。さらに総合評価
8項目 身辺日常生活、生活仕事に積極性・関心を持つこと、通勤・勤務時間の遵守、普通に作業を持続すること、他人との意思伝達、対人関係・協調性、身辺の安全保持・危機の回避、困難・失敗への対応
項目別4段階評価 A:適切または概ねできる
B:時に助言・援助が必要
C:しばしば助言・援助が必要
D:できない
総合評価
0:日常生活又は就労は普通にできる(元の職種又は同様の職種に就くことができ、特に配慮が必要でない)→非該当
1:日常生活または就労は概ねできるが、軽度の精神障害が認められるもの(元の職種または同種の職種に就くことができるが、多少の配慮が必要な場合)→14級
2:日常生活又は就労にある程度支障があるもの(元の職種に就けるが、かなりの配慮が必要な場合。又は意欲の低下などにより仕事には行けないが、日常生活を概ねできる場合)→12級
3:日常生活がある程度制限を受けるもの又は就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの(仕事に就けるものの、大幅に職種を変えざるを得ない(例えば「対人業務ができない」「運転業務ができない」)場合。又は、意欲の低下などにより仕事には行けないが、日常生活に支障が時にあるにとどまる場合)→9級
4:3を超える就労制限が認められるもの→原則治療継続

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