子供ないし幼児の高次脳機能障害者の判例は数件あったが、成長過程における後遺障害の程度の軽減が争いとなっている事例は、2件だけであり、うち1件(大阪地裁平成16年1月23日判決)は保険会社側からそのような主張があっただけで医師の意見書などの立証はなかったようである。 【大阪地裁:平成16年1月23日判決】 平成10年5月9日、被告キャリアカー中程に幅1.5㍍の歩道を対向進行中の7歳男子運転の自転車が転倒しながら衝突し、脳幹損傷、外傷性脳出血、開放性頭蓋骨陥没骨折及び外斜視等の傷害を負い高次脳機能障害となり、自賠責1級3号を受けた事案。平成11年時点でのIQは言語性91、動作性65、総合76である。 [被告の主張] 原告翔は、現在は中学1年生であるが、中学生は未だ成長過程にあり、親の養育、世話を伴っていることが多い。子どもから大人になるに伴っての成長があるから、現在の状態で確定することは相当でない。 [判示内容] ⑴原告翔は、症状固定後も、引き続き小学校の養護学級に通学し、原告春美はその送迎を行っているが、洗面、排泄、食事、更衣、入浴はいずれも側について観察し、必要に応じて補助することが必要である。短距離であれば1人で歩行することが可能となったことから、単独で自宅外へ出ることがあるが、転倒の危険があり、また、危険を察知し、対処することができないため、却って、常時、監視することが必要となった。さらに、思春期となって、異性関係に問題が生じ始めており、社会適応上、介護者による監視・介助が必要な状態である。 ⑵前記⑴に認定の事実と甲2によれば、原告翔は、平成3年3月17日生まれで、症状固定時満9歳であるから、平均余命年数である67年間にわたって、前記⑴の介護を受ける必要があること、現在は母親である原告春美が介護に当たっているものの、同女は症状固定時34歳であり、同女が67歳を越えた34年目以降については、職業付添人に介護を依頼する必要があることが認められ、これらの事実によれば、症状固定から33年間については近親者による介護費用として日額6,000円、その後の34年間(67年−33年)については、職業付添人による介護費用として日額8,000円と評価して、中間利息を控除して、症状固定時の現価を算定して原告の将来介護費用を認めるのが相当である。 [発表者のコメント] 保険会社側の主張は裏付けとなる医学的根拠が示されていないため、裁判所は全く取り合わなかったものと思われる。ただし、裁判所が認めた介護費用は母親67歳に至るまでの近親者介護の期間が日額6000円、母親67歳以降の職業介護人による介護費用が日額8000円と極めて低額である。
【大阪地裁:平成12年10月31日判決】 平成7年5月27日、5歳男子同乗中の被害車両が加害車両に出会い頭に衝突され、頭部外傷、右外傷性脳内出血、外斜視の各傷害を負った。自賠責の認定等級についてははっきりしないが、5級であったものと推測される。 原告は2級を主張し、被告は5級を主張したが、裁判所は2級相当と判断した。 [原告側主張] 原告の後遺障害の内容及び程度(等級表2級該当)等によれば、原告は、18歳から67歳までの49年間にわたり、その労働能力を100%喪失したというべきである。原告のように、幼児期に精神障害と身体障害が合併して発症した場合には、時の経過により精神の障害が軽減すると逆にそれがストレスとなり身体の障害を招くということも十分考えられ、時の経過により後遺障害の程度が軽減するとは限らないし、また、原告のように、日常生活能力や知識を取得していない幼少期に事故にあった場合は、たとえ、成長により後遺障害の程度が軽減することがあったとしても、それをもって直ちに労働能力が回復すると判断するのは相当でない。 [被告側主張] 原告は、現在、移動、清潔(洗面・入浴等)、食事及び衣類の脱着等ほとんどの動作を自立して行えており、今後の成長、発達及びリハビリ等により日常起居動作が一応行えるようになる可能性が高く、介護費を認めるとしても、せいぜい中学生までの間が相当である。 [医師の見解] ⑴明石市立市民病院脳神経外科U医師の見解 外傷性てんかんについては、現在のところ生じていないが、小児では成人より発症率が高いため、外傷後2年半を経過しても発症する可能性がある。左片麻痺、構語障害、知能障害等については、成長期であるため安易には回答しにくいが、大きく変化して良くなるということは難しく、逆に、外傷性てんかんを生じた場合には、けいれん発作を契機として障害を悪化させる危険はある。受傷から約2年半を経過した現在では、一般的に言って症状固定時期として良いと思うが、上記のとおり症状が悪化する場合も考えられる。 ⑵ボバース記念病院O医師の見解 原告の症状については、平成9年11月以降、大きな変化は期待できないが、原告は現在7歳であり、身体成長に伴い症状が悪化する危険もあるため、厳密には(医学的には)症状固定と判断できないが、社会的な面からほぼ症状固定として良いと思う。 ⑶南大阪療育園P医師の見解 現在の症状については、日常生活動作(ADL)は、右上肢のみで可能なものは全く問題ないが、両上肢協調動作、あるいは左上肢のみで行う動作については、できない動作や、できたとしても時間がかかりすぎたり、上手にできないことがある。そして、このような状態は、改善を期待することができず、今後も残るものと考える。言語障害については、将来的には、簡単な会話は成立するが、精神的な幼さがあること及び社会的なルールの習得が困難なことから、複雑な会話が成立するかは疑問である。IQについては、平成12年3月21日(原告9歳12か月)に、WISC−Ⅲを使用して判定したところ、言語性IQは67、動作性IQは65、全検査IQは63という結果で、いずれも遅れを認めたが、どの程度改善されるかの予測は不可能である。 将来の介護等については、今後も定期的な診察や脳波検査のために通院が必要であり、また、機能訓練も継続して行う方が良い。将来的に、いくら頑張っても上手にできないこと、早くできないことは残ってしまうため、介助は必要であろう。 将来の就労可能性については、現在の知的レベルが将来めざましく改善することは期待できず、知的発達はするが、同年齢児との格差が大きくなる可能性の方が大きい。加えて、身体的な機能障害の存在を考慮すると、将来、他人の監視下で単純な軽作業をすることは可能であろうが、経済的に自立できる保障はない。 ⑷鑑定書及び鑑定人に対する書面による尋問の回答書 原告には、頭部外傷後遺障害として、中枢神経系の機能障害(左上下肢の片麻痺及び片側アテトーシス・ジストニア)、精神の障害(集中力持続困難、多動的、情動抑制困難等)、潜在性外傷性てんかんあるいはその疑いが併発している。中枢神経系の機能障害及び精神の障害は、それぞれ少なくとも等級表の5級に該当し、3級に近く、身体的には、「極めて軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に当たる上、精神・知的障害の存在により、労務内容、職種等に大きな制約を加えて、労務の選択肢を著しく狭めることになり、監視者や協力者がない場合の自宅外行動における身体的危険は著しく高く、総合的に判断すると、ほとんど就労不可能と見るのが妥当である。そして、指導、監督下での極めて軽易な労務が可能であるといっても、現実的に考えると、自宅外の行動が困難で、随時他人の介護を要するものに該当すると見るのが妥当である。 なお、潜在的な外傷性てんかん発症の危険性は、その性質上、中枢神経系の機能障害に包含されると考えられる。 中枢神経系の後遺障害の程度からは、小児期に特有の二次的な障害として、片麻痺による脊柱側弯の発症及びその増悪、精神・知的障害による社会的不適応等が発生する可能性が相当に考慮される。このような二次的な障害の発生及びその増悪を防止し、社会的適応能力を育成するためには、少なくとも成長期である18歳くらいまでは、整形外科的及び精神心理的管理・療養を継続的に行っていく必要がある。 原告の後遺障害の内容、程度等からすると、原告は、身体機能的、精神的に相当未熟のまま成人する可能性が高く、成長に伴って自宅外での単独行動がある程度できるまで顕著な回復が見込めるとは言い難いため、総合的な介護内容が身体的成長に伴って軽減されるべき要件が整っているとは考え難い。 ⑸日本脳神経外科学会認定専門医医学博士長野展久の意見書 原告の左片麻痺については、独歩は可能であるが安定性を欠いており、左上肢は巧緻運動障害が強くほぼ廃用の状態である。高次脳機能障害については、発達指数が81と明らかに低下している。ADLについては、移動、清潔、食事、衣類の脱着等ほとんどの動作が自立しており、階段歩行や両手の協調運動を要する動作で部分介助を要している。 以上の状況を総合考慮すると、労働能力については、もし可能になったとしても、他人の監視の下での極めて軽易な就労ができる程度に限られるであろうと思われる。 将来的には、生理的発達、成長によって周囲の良好な環境の下で、ごく軽易な労働を行いうる可能性は持っていると思われる。 現在の運動能力に今後の生理的成長、発達が加われば、ADLが完全に自立しうる可能性は十分にあると思われ、したがって、現在行われているような介護や監視が必要とされるのは、せいぜい中学生までの間であり、それ以降も現在のような介護、監視が必要とされる可能性は低いと思われる。 [裁判所の判断] 鑑定書等によれば、原告はほとんど就労不可能の状態であり、指導、監督が行われる理想的環境下であれば極めて軽易な労務に服することができるが、現実的には、自宅外の行動が困難で、随時他人の介護を必要とするものに該当すると解すべきであるとして、後遺障害等級を2級相当と判断した。 調査嘱託の結果及び意見書(証拠略)によれば、原告は、他人の監視下という周囲の良好な環境の下で、単純な軽作業を行いうる可能性があるとされている。 そこで検討するところ、平成9年2月1日に実施した検査における発達年齢と比較して、平成11年3月26日に実施した検査における発達年齢が成長していることから分かるように、精神面に関しては、一定の年齢までは加齢に伴う生理的発達、成長により介護の負担等はある程度減少する蓋然性が高いといえる。 しかしながら、精神面に関して成長するとはいえ、同年齢の他人との格差は拡がる可能性が大きいこと(調査嘱託の結果)、身体的障害に関しては大きな改善は見込まれないこと等を考慮すると、将来的にも、自宅外の行動に関しては、一定の困難が伴うため、ある程度他人の介護を要するという現在の状態が継続する蓋然性が高いと解するのが相当である。 加えて、現在の雇用状況、社会状況等を考慮すると、形式的には他人の指導・監視下で単純な軽作業を行いうる可能性があるといっても、現実に就労して収入を得ることは極めて困難であると認められ、したがって、実質的に考えると、等級表の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」(2級)に相当すると認めるべきである。 O医師は、原告の身体的障害は、改善を期待することができず今後も残るものとの見解であること、U医師及びP医師も、原告の症状については大きな変化は期待できないとの見解であることを考慮すると、原告は、症状固定時(7歳)から平均余命である77歳までの70年間にわたり、継続した介護を必要とすると解するのが相当である。 この点、被告らは、今後の成長、発達及びリハビリにより日常起居動作が行えるようになる可能性が高く、介護費を認めるとしてもせいぜい中学生までの間が相当である旨主張し、意見書(証拠略)は、被告らの主張に沿う内容となっている。 しかしながら、原告の身体的障害に関して、今後の生理的発達、成長によりADLが完全に自立する蓋然性があることの裏付けとなる検査結果や所見は必ずしも十分でなく、原告は、将来的にも、両上肢協調動作及び左上肢のみで行う動作等一定のADLに関しては介助を必要とすると解すべきである。 そして、原告の年齢、母子家庭という家庭状況、訴外珠英が本件事故までは就労していたこと、訴外珠英が准看護婦の資格を有していること、訴外珠英の現在の収入額等を総合考慮すると、本件事故後現在までは、訴外珠英のパートタイマーによる収入、保険会社からの送金及び仮処分決定に基づく仮払金等により家計を維持していたが、今後は、家計を維持するために訴外珠英が再び定職に就き、原告の介護は職業付添人に依頼する蓋然性が高いというべきであるから、介護費については、当初は、職業付添人を雇用することを前提としてその額を算定するのが相当である。 ただし、原告は、完全に自立しているADLも多いため、介護の必要な場面はある程度限られていること、精神面に関しては加齢に伴う生理的発達、成長により介護の負担等が軽減される蓋然性があること等を考慮すると、将来的には介護が軽減されると考えられ、介護費としては、症状固定時(7歳)から平均余命である77歳までの70年間にわたり、平均して1日あたり5、000円と認めるのが相当である。 [発表者のコメント] 将来の回復可能性については、概ね否定したものの(ただし、「精神面に関しては加齢に伴う生理的発達、成長により介護の負担等が軽減される蓋然性があること等を考慮すると、将来的には介護が軽減されると考えられ」るとする)、2級相当と認定し、しかも職業介護人による介護を前提としながら、介護費用日額は50000円と低額にとどまっている。 |