1.非骨傷性頚髄損傷の発生機序 ⑴ 脱臼・整復説 受傷時に一過性の頚椎脱臼が発生し、これにより頚髄を損傷。直ちに整復するため、後の検査では脊柱の変形や脊髄への圧迫因子が確認されない。 ⑵ 出血・浮腫説 脊髄内での出血と浮腫の発生により、脊髄が損傷される。浮腫は自然回復するため、下肢・膀胱機能・上肢の順に麻痺が改善する。 ⑶ 後方すべり説 過伸展力によって椎体の前方開大、あるいは後方すべりが起こり、脊髄を損傷する。 ※個人的には、⑵説が症状の推移を説明しやすいように思われる。 2.非骨傷性頚髄損傷の出現頻度 非骨傷性頚髄損傷は、決して稀な症例ではない。例えば、頚髄不全損傷88例中36例(41%)が中心性で、そのうち骨傷が認められないのは24例(27%)であり、比較的多く発生している。 また、実験的脊髄損傷においても、中心灰白質は軽微な外力によっても出血・浮腫を生じやすく、白質の変化も内側部のほうにより強く生じることが示されている。これらの実験的脊髄損傷の所見も、中心性頚髄損傷(非骨傷性頚髄損傷と同義)が稀な特殊な損傷ではなく、不全損傷としてはむしろ当然生じる損傷型であることを示している。 3.非骨傷性頚髄損傷の損傷範囲 脊髄損傷において、その損傷範囲を正確に知ることは困難である。特に、解剖される機会のほとんどない不全損傷では、病変の上下方向および水平方向への広がりを完全に知ることは不可能といえる。 臨床症状・神経学的所見から病変の所在部位の大略を推定できるため、横断面における損傷部位について、前部損傷型・後部損傷型・中心部損傷型・半側損傷型・横断型不全損傷などの群に分類されており、さらに中心部損傷はⅠ型・Ⅱ型・Ⅲ型に分類されている。これらの相互間には種々の移行型が存在する。 4.非骨傷性頚髄損傷の臨床像 ①X線にて頚椎の脱臼・骨折を認めない。 ※「X線上明らかでない骨傷による頚髄損傷」と区別する ②過伸展損傷を受傷機転とすることが多い。 ③加齢を伴う頚椎変性疾患を有する中高齢者に好発する。 ④頚髄横断面における傷害領域は、中心部損傷となる頻度が高い。 ⑤麻痺の回復は、下肢・上肢の順に見られ、手指が最も遅れる。 ⑴灰白質は、白質よりも疎な組織であり、力学的強度が弱いにもかかわらず血行が豊富なので、外力により浮腫を生じやすい。 また、頚髄の損傷は、中心部の不可逆的病変である出血・壊死巣、その周辺の可逆性の浮腫からなり、損傷の程度は中心部ほど強い。 ⑵頚髄横断面でみると、白質の錐体路の下行繊維の中で、下肢に至るものが上肢に至るものよりも外側に配置されているため、運動障害は上肢優位となる。 cervical:頚部 thoracic:胸部 lumbar:腰部 sacral:仙骨部 ⑶膀胱機能は、全く異常を認めないものから、尿閉となり自己導尿を要するものまで様々。その程度は運動・知覚麻痺の程度とは比例しない。 ⑷不可逆性病変である髄内出血巣などの周囲に存在する浮腫は経時的に軽減するので、麻痺は徐々に回復し、受傷後2か月でほぼ固定する。 5.頚髄損傷の時間的推移 ⑴灰白質の変化 脊髄損傷では、中心灰白質の小血管から点状出血が多数出現する。この点状出血は、血管周囲への漏出性出血で、時間の経過とともに増加し、しかもひとつひとつが拡大して相互に融合する。6~8時間でほぼ最大に達し、髄内出血の形状を呈する。・・・中心性出血を起こす小血管は、透過性が亢進しており、周辺に血管原性浮腫が26時間から36時間まで拡大していく。 脊髄挫傷周辺に長期間にわたって虚血が存在することが、脊髄の損傷機転のひとつとなっている。 ⑵白質の変化 中心性壊死および出血の周囲に発生する浮腫は、36時間ころには白質にまで伸展する。これとは別に、脊髄辺縁部の白質に現れる楔状浮腫と呼ばれる血管原性浮腫もみられる。その原因は、静脈計のうっ滞によるものと考えられている。 静脈うっ滞と浮腫の拡大は、脊髄の腫脹をもたらす。脊髄軟膜は比較的強靱であるため、脊髄内の組織圧を上昇させ、虚血を助長すると推定される。脊髄が外部へ十分に腫脹できず、内部にある軸索の伝導性に影響を及ぼす。 6.脊髄ショック 急性期の重篤な症状のことを指す。四肢または両下肢が完全な弛緩性麻痺を呈し、深部反射は完全に消失し、バビンスキー反射も見られない。表在知覚・深部知覚の両方とも脱失し、重篤な膀胱直腸障害を呈する。 数日の間に回復が見られる。 |