第1.自賠責保険(共済)における「脳外傷による高次脳機能障害」
1.定義
「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(平成19年2月2日付け報告書。以下「報告書」。資料1・2頁)における定義
『 自賠責保険(共済)における「脳外傷による高次脳機能障害」とは、脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと続く、次の特徴的な臨床像である。
①典型的な症状―多彩な認知障害、行動障害および人格変化
②発症の原因および症状の併発
③時間的経過
④社会生活適応能力の低下
⑤見過ごされやすい障害 』
2.症状と障害の的確な把握
報告書(3頁)
『脳外傷による高次脳機能障害の症状を医科学的に判断するためには、意識障害の有無とその程度・長さの把握と、画像資料上で外傷後ほぼ3か月以内に完成するびまん性脳室拡大・脳萎縮の所見が重要なポイントとなる。また、その障害の実相を把握するためには、診療医所見は無論、家族・介護者等から得られる被害者の日常生活の情報が有効である。』
※ 報告書の経緯と位置づけ(報告書・2頁)
『さて、上記認定システムについては、平成18年6月30日付国土交通省「今後の自動車損害賠償保障制度のあり方に係る懇談会」報告書(以下、「あり方懇報告書」という。)において、次のとおり指摘を受けるに至った。
①現行の認定システムでは認定されない高次脳機能障害者が存在するのではないかとの指摘があること
②労災保険での高次脳機能障害認定基準確立(平成15年)以降、2年以上が経過している状況にあること
③高次脳機能障害認定システムの現状を見直し、一層の被害者保護を図る必要があること
上記指摘を受け、損保料率機構は国土交通省からの検討指示に基づき検討委員会を設置し、客観的な立場の専門家の幅広い意見を踏まえて、損害賠償の保障の充実に資するよう現行認定システムを再検討し報告することとなった。
これにより損保料率機構は、脳神経外科、精神神経科、リハビリテーション科の専門医や医療ソーシャルワーカー、弁護士を構成メンバーとする「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」(以下、「当委員会」という。)を設置し、合計8回の論議を重ねるに至った。
本報告書はその論議をとりまとめ、今後の高次脳機能障害認定の充実に向けた基本的な考え方を示すものである。』
第2.小児・乳幼児の高次脳機能障害の特徴
1.小児の高次脳機能障害の特徴(「小児の高次脳機能障害」栗原まな著・9頁参照)
基本的には、成人の高次脳機能障害と小児の高次脳機能障害は同様である。
しかし、小児には、以下のような特徴があり、小児における高次脳機能障害の判定は、成人以上に難しいといえよう。
①発達に伴い症状が変化する
②脳の可塑性があるために症状の改善がある
③原因疾患により、特徴的な症状がある
④検査方法が限られている
⑤日常生活や学校生活からの方法が情報である
⑥就学するまで障害が目立たないことが多い
⑦環境により症状が変化する
⑧二次障害の予防が欠かせない
小児の高次脳機能障害を判定するにあたっては、検査に頼るだけでなく、日常生活、学校生活などでの様子を聞き取ることが大切である。
2.報告書(4頁)
『⑶ 乳幼児、高齢者の留意点
一般的に成人被害者は、急性期の症状の回復が急速に進み、それ以降は目立った回復が見られなくなるという時間的経過を辿ることが多い。したがって、受傷後少なくとも1年程度を等級認定時期の目安としている。しかし、乳幼児の場合は、障害の回復に当たって、脳の可塑性と家庭での養護性の影響が大であることを配慮する必要がある。したがって、適切な経過観察期間、例えば、乳児では幼稚園などで集団生活を開始する幼児期まで、幼児では就学期に達するまでを設け、幼稚園、学校や施設などにおける適応状況を調査することが必要と考える。これは、集団生活への適応困難さの有無が、成人後の自立した社会生活や就労能力に反映される可能性があると考えるからである。』
3.小児における高次脳機能障害の問題点(「小児の高次脳機能障害」栗原まな著・9頁参照)
脳損傷の原因は何であれ、ある程度の脳損傷を受けた小児ではかなりの率で高次脳機能障害を残す可能性がある。
しかし、重度の障害(運動障害でも知的障害でも)を残している小児では、それらの障害が前面にたつために、高次脳機能障害は隠れてしまう。
したがって高次脳機能障害が問題となるのは、運動障害や知的障害が軽度~中等度の小児である。
第3.後遺障害等級認定について
1.等級評価資料① 〜日常生活状況について
報告書(資料1・11頁)
『⑴ 等級評価に必要となる資料の収集
医師への精神症状についての調査項目、家族への日常生活状況についての記載項目が高次脳機能障害の実態把握に寄与しているかについては、現行の方式をより充実させるために、他の制度における調査項目等も参考にした調査項目の整理拡充が必要で、その際には乳幼児の特性に鑑み、「乳幼児用」と「学童・成人用」の2種類の調査様式を作成することが妥当と考える。新たな調査様式には、従前の判断要素となっていた情報が過不足なく盛り込まれていなければならない。また何らかの尺度を採用して、被害者の状態を全体的に評価および格付けすることができないかを検討することも必要である。このうち、小児に関しては、必要に応じ学校教師(就学児童)、保育士(幼稚園児)から情報を収集することがある。これは他の制度における調査様式も参考にして、新たに検討すべきである。ただし調査先が医学の専門家でないことを考慮し簡潔で記載しやすい形式でなければならない。また、小児に関して特有の提出資料(例:母子手帳、成績表等)を求めることについては、センシティブ情報であることを十分に認識し被害者側の心情に配慮して必要不可欠の場合に限定して提出を依頼するという姿勢が穏当である。』(資料2)平成18年4月1日より、高次脳機能障害は精神障害として障害者自立支援法によるサービスの対象になったとされている(大阪府が発行している「高次脳機能障害を正しく理解していただくために」というリーフレットにはそう明言している)。
モデル事業がどの程度影響を与えたのかはわかりませんが、支給するサービスの決定に際してもとめる医師の意見書の様式は、高次脳機能障害に対応できるものになっています。
2.等級評価資料② 〜検査(「小児の高次脳機能障害」栗原まな著・10頁参照)
高次脳機能障害検査の前にすべき検査」と、「小児の高次脳機能検査」とに分けて整理する。
⑴高次脳機能検査の前にすべきこと
ア発達検査
①遠城寺式・乳幼児分析的発達検査
②新版K式発達検査
イ全般的知的機能
①田中ビネー知能検査Ⅴ
②WISC−Ⅲ知能検査
③WPPSI知能検査
④大脇式知能検査
⑤コース立方体組み合わせテスト
⑥K−ABC心理・教育アセスメントバッテリー
ウ言語・コミュニケーション能力検査
①絵画語彙発達検査
②ITPA言語学習能力診断検査
③遠城寺式・乳幼児分析的発達検査
エ社会性
①遠城寺式・乳幼児分析的発達検査
②S−M社会生活能力検査
⑵小児の高次脳機能検査
ア.WISC−Ⅲ知能検査
イ.K−ABC心理・教育アセスメントバッテリー
ウ.語彙の龍調整(語の列挙)
エ.Trail Making Test(TMT)
オ.三宅式記銘力検査
カ.Paced Auditory Serial Addition Task(PASAT)
キ.慶應番Wisconsin Card Sorting Test(K−WCST)
ク.前頭葉機能検査(FAB)
ケ.遂行機能障害群の行動評価(BADS)
コ.ウェクスラー記憶検査(WMS−R)
サ.標準失語症検査(SLTA)
3.等級評価についての留意点
報告書(資料1・12頁)
『⑵ 労働能力の解釈とその評価
③学校生活に求められる適応能力と職業生活に求められる職務遂行能力には違いがある。学校では自分が好まない対人関係を避けることができる場合が多い。しかし、就労場面ではこのような選択ができにくいために対人的葛藤を起こしやすくなる。したがって、学童・学生について将来の就労能力を推測するとしたら、学業成績の変化以外に、非選択的な対人関係の構築ができているかなどを評価し、これを労働能力に勘案すべきである。
⑤18歳未満の児童で受傷前に就労していた被害者については、一般の就労者と同様に取り扱うこととする。』
第4.症状固定時期の考え方
報告書(資料1・13頁)
『⑷ 症状固定時期の考え方
症状固定時期について、成人被害者の場合は、後遺障害診断書に記載された時点と捉えることで通常は妥当性の確保は可能である。しかし、乳児・幼児、高齢者の場合は診断書に記載されている症状固定日の状態をもって機械的に障害評価をすると、被害者保護の観点から不適当な事態が発生する危険性がある。そのため、症状固定時期及び障害評価の時点について、やや柔軟に取り扱うことが妥当と考える。
まず、小児では、本来は乳児は幼稚園、幼児は就学時まで、等級評価を行わないことが妥当と考える。すなわち、事故による異常の有無や程度は、ある程度被害者の成長を待たなければ判定できないことが多く、将来成人後に、どの程度の能力低下が生ずるかは、成長過程を観察しなければ判断が難しいからである。
この場合、上記時期以前に後遺障害診断書が作成され、後遺障害等級認定の手続きがなされた場合に、認定を拒絶するのではなく、現時点での症状固定日と捉えて等級認定をするが、仮に入園・入学後に症状増悪が判明したために追加請求がなされた場合には、これを受け付けて高次脳機能障害審査会にて慎重に検討することが必要である。』
第5.その他
1.高次脳機能障害支援モデル事業、高次脳機能障害支援普及事業
あくまでも成人を対象にしたものであるため、小児への支援にまでは至っていない
2.療育手帳
知的障害者福祉法に基づいて知的障害ある人に交付される。小児は児童相談所で判定を受け(cf.成人は更生相談所)、知能指数が70以下の場合に手帳が交付される(資料3)。
3.特別児童扶養手当
20歳未満の障害児のなかで、1級相当の障害が2つ以上ある場合が対象となる。精神障害においても常時援助を要する重度の例の場合には、精神用の診断書で申請を行うことが可能である。手当金の給付には所得制限が設けられている(資料4)。
第6.後遺障害の程度、介護費用に関する訴訟上の問題点
小児の高次脳機能障害については、回復可能性に関連して、後遺障害の程度、介護の必要性やその程度が争いになることがある。
また、通学中(学校にいる間)については学校内での援助があるため、介護費用については、学校卒業までと学校卒業後との事情の違いを考慮する必要がある。
1.大阪地裁:平成17年8月24日判決
⑴事案の概要
【事故発生日】平成12年12月1日
【事故当時の被害者の年齢】7歳(判決時12ないし13歳)
【症状固定】平成14年7月10日(当時8ないし9歳)
【自賠責等級】高次脳機能障害2級(併合1級)
【結論】
後遺障害等級:高次脳機能障害2級
介護料:随時介護(母67歳まで3000円・以降5000円)
⑵裁判所の判断
(2)後遺障害の程度、介護の必要性
ア.高次脳機能障害
(ア)現状の労働能力
前記(1)によれば、小学3年生程度の漢字を覚えることができず、小学3年生に求められる程度の文章を読んでも意味を理解することができないこと、2桁以上の数の和や差を求める計算を暗算ですることができず、数の仕組みさえも十分に理解できていないこと、熱い物に対する意識や配慮が不十分で、そのような物を扱う際には支援が必要であったこと、社会科については、一々指示を受けないと課題がこなせない状態であったこと、その場に相応しい言動を考えたり、相手の気持ちを理解することができないため、対人関係がスムーズにできないことがあること、同じ学級の友達でも慣れ親しんだ友達としか、自分から話しかけたり親しく話すことができなかったこと、階段を下りる際には、介助が必要なこともあったこと、雨や雪の日の登下校では学校側から付き添いをするよう要請があったことが認められる。
このような状態で労働能力を認めることができないことは明らかであるが、小学5年生になっても、小学3年生の漢字さえ覚えることができず、また、文章の意味を全体として捉えることができないため、教科書に記載された内容を理解することさえ出来ないことに鑑みれば、学習によって能力を改善して行くために必要な資質を失ってしまっている状態にあると評価でき、知的能力、特に問題解決能力に関しては、今後年齢を重ねていったとしても、大幅な改善は期待できないとみるのが相当で、将来的に軽易な作業が自力でできるようになる蓋然性は低く、労働能力は100%喪失したと認めるのが相当である。
(イ)介護の必要性
前記(1)によれば、原告花子は、不十分な点はあるものの、食事、更衣、排泄については概ね他人の手助けがなくても自力でこなすことができ、家の中にいる限りは、自己の生命身体に危害を及ぼすような行動に及ぶこともないが、入浴を自力で行うことは困難で介助を必要とする場合があること、エスカレーターを利用したり電車に乗車したりする際には、歩行の安定性に問題があることから転倒の危険があり、自動車との距離感がつかめず道路を自力で安全道路を横断することができないため、外出には他人の付き添いが必要であること、進学が予定されている中学校への登下校に際しても送り迎えが必要とされていること、自分で買い物をすることができないなど生活に必要な計算の能力が身につけられていないことが認められるが、以上のような事実に鑑みれば、原告花子が他人の介助なしに生活することは困難で、随時介護の必要があると認められる。
介護の必要性についても、本件事故から既に4年以上が経過しており、歩行時のふらつきなどの運動障害についてはこれまでのような大幅な改善は期待できず、外出に関しては、中学校への登下校に際しても付き添いが必要とされていること、知的能力に関しても大きな改善を期待することができないことに鑑みれば、将来介助が不要になる見通しが立っているとは認めがたい。
(ウ)まとめ
以上(ア)、(イ)によれば、原告花子の高次脳機能障害による後遺障害は、同人が年少者で成長に伴う改善の余地があることを考慮しても、将来改善する見込みは限られた範囲にとどまり、終生、労働能力を喪失し、随時介護が必要な状態が継続するもので、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するものとして2級3号に該当すると認められる。
2.横浜地裁:平成19年3月12日判決
⑴事案の概要
【事故発生日】平成11年9月23日
【事故当時の被害者の年齢】9歳(判決時16ないし17歳)
【症状固定】平成14年8月26日(12歳)
【自賠責等級】高次脳機能障害5級(併合3級)
【結論】
後遺障害等級:高次脳機能障害2級
介護料:随時介護(余命まで日額4000円)
⑵裁判所の判断
(労働能力喪失率)
さらに、被告は、原告の労働能力喪失率は、労働効率の上昇により将来逓減すると解すべきであると主張する。しかし、原告の主治医である丙川医師はむしろ原告の後遺障害が今後増悪する可能性を示唆していること(証拠略)、原告を診察した丁山医師は、原告の高次脳機能障害について、改善の可能性はあるが現実にはあまり期待できないとする意見を述べていること(証拠略)に照らすと、被告主張のごとく将来において原告の労働能力喪失率が逓減するとは認めることができない。
(介護料)
前記後遺障害の内容、程度に加え、(証拠略)によれば、原告は、中学校卒業後、D高等専修学校に無試験で入学し、現在その2年生として通学していること、原告春子が繰り返し教えたこともあって、原告は同校には電車を乗り継いで1人で通学していること、日常生活や学校生活において、原告に対する身体的な介助はさほど必要でなく、原告に対する常時の付添は必要でないが、原告においては、前記後遺障害があり、特に高次脳機能障害に由来する記憶・記銘力の障害、遂行能力の障害の影響が強いため、生活ないし学習上の行動に支障をきたすことが多く、そのため、家庭では主として原告春子(昭和45年6月生)によって、また、学校では教師らによって、適時、原告に対する指示や声かけが行われていること、抗てんかん薬についても、かかる指示がないと原告は確実な服薬ができないこと、そして、原告の前記性格変化に由来する他者とのコミュニケーション上の障害が生じているために、原告は学校における対人関係において困難を生じていることが認められる。そして、(証拠略)に照らすと、原告の後遺障害が将来において改善するとは認めることができない。
以上の事実を総合すると、原告においては、症状固定時における平均余命である74年間(顕著事実)にわたり、常時の付添介護は必要でないものの、随時、原告に対して必要とされる声かけや指示を行う内容の介護を要するものというべきである。
そして、介護料の額については、前記の後遺障害の内容、程度、必要とされる介護の内容に加え、原告春子等の近親者による介護がいつまでも期待できるわけではないこと等を考慮し、日額4,000円をもって相当と認める…
3.名古屋高裁:平成19年2月16日判決
⑴事案の概要
【事故発生日】平成11年7月30日
【事故当時の被害者の年齢】5歳
【症状固定時の年齢】7歳
【自賠責等級】高次脳機能障害1級
【結論】
後遺障害等級:高次脳機能障害1級
介護料:常時介護
(養護学校卒業まで 職業介護日額1万円・母の介護日額5000円)
(養護学校卒業後母が67歳に達するまで 職業介護日額1万5000円・母の介護日額5000円)
(母が67歳に達して以降 職業介護日額3万円)
⑵裁判所の判断
(イ)前記(ア)認定の事実に照らすと、現在の主として控訴人花子一人による介護を長期化させることは控訴人花子の健康面から著しい困難が伴うものと認められるから、控訴人太郎の将来の介護費用は、症状固定時から控訴人太郎が養護学校高等部を卒業する18歳までの11年間を、日中の養護学校に通学していない時間帯について職業介護を付し、夜間早朝や休日は親族である控訴人花子が介護することを前提にして算出するのが相当である。そして、その費用については、上記の介護事業者による見積もりは他社との比較がなされていないこと、現在の豊田市の援助によるヘルパー派遣が1時間当たり約2,296円であること、他方、養護学校には休業期間もあることを考慮すると、職業介護が1日当たり1万円、控訴人花子の介護が1日当たり5,000円と認めるのが相当である。
また、控訴人太郎が養護学校高等部を卒業後、控訴人花子が67歳に達するまでの24年間は、日曜日を除き自宅で朝8時から夜7時まで職業介護を付して、夜間早朝や休日は控訴人花子が介護することとして、職業介護が1日当たり1万5,000円、控訴人花子の介護が1日当たり5,000円と認めるのが相当である。
更に、控訴人花子が67歳に達した以降は、全日について職業介護人による介護が必要となり、その額は、1日当たり3万円と認めるのが相当である。
第7.実例報告
※内容省略
資料
1.自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について(報告書)
2.日常生活状況報告書式(3歳~就学前用)
3.療育手帳参考資料
4.特別児童扶養手当参考資料