交通医療研究会

保険金請求における故意の立証責任

2023.05.18

第1.前説

1.偶然の事故
多くの種類の保険約款で保険事故を「偶然の事故」としつつ、「故意」の事故は免責となると規定しています。
「偶然の事故」の定義づけによっては故意と変わらなくなるという問題(判例で「偶然性」は商法629条の定義同様「契約時の保険事故の不確定性」のみを意味し「保険事故の偶発性(非故意)」まで含まないとして解決済み)のほかに、「偶然の事故」についてどのような間接事実を主張立証するべきか問題となります。
なお、最近は、外来性が問題となることが多いようです(既病の発症により死亡したから外来の要件を充足しないという争い方)。

2.各保険の故意の立証責任の所在
①災害割増特約
請求者に偶発事故の立証責任(最二H13.4.20)
②普通傷害保険
請求者に偶発事故の立証責任(最二H13.4.20)
保険法施行で抗弁説へ変更かそうでないか(判タ1266号105頁)議論あり。
③店舗総合保険の火災
保険者に故意の立証責任(最二H16.12.13)
④テナント保険の火災
保険者に故意の立証責任(最一H18.9.14)
⑤自動車保険の水没、いたずらキズ
保険者に故意の立証責任(最一H18.6.1、最三H18.6.6)
⑥自動車保険の盗難
請求者は「被保険者以外のものが被保険者の占有にかかる被保険自動車を所在場所から持ち去ったこと」(盗難の外形的事実)について主張立証責任を追うとした上で、保険者に故意の立証責任(最三H19.4.17)があるとする。
そして、最一H19.4.17は、上記事実を分解してⅠ:被保険者の占有にかかる被保険自動車を請求者の主張する所在場所に置いたこと、Ⅱ:被保険者以外のものをその場所から持ち去ったことについて請求者が立証責任を負う事実(主要事実か)となるとした上で、上記立証がされていないと判示した。
なお、①は死亡保険金のうちの割増特約による増額分の保険金に関する問題であることから請求者側に立証責任を負わせたものです。②は傷害保険があえて保険事故に「偶然」という語句を付加していることを重視したものと思われますが、判例変更の可能性が高いようです。

第2.⑥判決の「偶然の事故」の二分解説(外形的事実説)

1.盗難説(請求原因説。西嶋教授、滝澤判事など)
要約すると、保険事故に偶発性が取り込まれて規定している以上、偶発性は契約締結時及び保険金請求権発生時の両方に要求するべきとされる。
ただ、「契約時の保険事故の不確定性」(=保険契約の成立)と「保険事故の偶発性(非故意)」(=保険金請求権発生の要件事実)とをあえて「偶発性」の一語で理解されており、商法(保険法)の「偶然」の語義の解釈と齟齬がある。払うべき保険金を免れるのはおかしいという問題意識よりも不正請求は許さないという問題意識を優先させて、あえて同義に解しているように思われます。

2.損害説(抗弁説)
批判としては、突き詰めると保険事故の立証すら免れることになりかねないというものがある。

3.外形説(判例)
商法(保険法)629、641と約款との統一的解釈が可能(故意の立証は保険者に負わせるという商法・保険法を統一的解釈できる)。
なお、「外来性」も同様か(最二H19.7.6判例時報1984号108頁の囲み記事では最高裁判例を抗弁説に分類している)。
批判としては滝澤判事の偶然の語義を統一的に解釈するべきというものがある。
また、「第三者による持ち去り」が立証の対象とする点は、結論において盗難説と変わらない(防犯ビデオがない限り立証できないことになりかねない)という批判がある。

4.林准教授の検討
下記のとおり明確に区別した上で(判例)、判例を是とする。
偶然:保険契約成立時における保険事故の不確定性
偶発:保険事故発生時における保険事故が被保険者の意思によらないこと
解釈学的には、「法律上の推定」とされる。
保険者は、①外形的事実を真偽不明とする、②隠蔽の立証、③被保険者の故意の立証のいずれかの立証活動をすることになるとする。

第3.他の保険への外形説の応用

1.動産総合保険
動産と登録自動車を区別する必要がないことから、外形説が当てはまる。
ただし、占有の喪失の原因は、紛失や隠蔽が自動車以上にありうることから、①非保険商品が現存したこと、②店内に何者かが侵入したうえで立ち去ったこと、③その時点で被保険商品がなくなったことの事実に分解されるとされる。
なお、保険の種類や状況によって分解される事実は異なる可能性がある。

2.傷害保険(偶然の事故)
林准教授は外形説が適用される可能性が高いとする。
外形的事実としては、①事故、②事故と傷害との間の因果関係とされる。

第4.間接事実群

外形説にたつにせよ、外形事実の立証と故意の反証のため様々な事実の主張立証が必要となる。以下に自殺と放火について、諸判例から抽出した間接事実を列挙する(判例のほか、黒本等を参考にしました)。
1.自殺
保険契約の締結状況(受動的か、能動的か)
保険の本数(定額保険の場合。損害保険の場合は論外)
保険契約から保険事故までの期間
保険事故への動機(病苦、経済苦、家庭不和など)
保険事故の状況
遺書の有無
自殺と矛盾する行動の有無
調査への協力を拒否

2.放火
出火原因が放火か
無人の場所や火の気がない場所から出火
油彩反応の有無
人目につく場所・時刻に出火
放火に請求者が関与したか
保険契約の締結状況(受動的か、能動的か)
保険金額が適正か
保険契約から保険事故までの期間
保険事故への動機(病苦、経済苦、家庭不和など)
保険事故の状況
矛盾する行動の有無(すぐに通報、消火しないなど)
調査への協力を拒否・矛盾説明(これを1事実として挙げる判例が多い)

3.車両盗難
駐車状況
駐車場契約書、コイン駐車場のレシート、防犯ビデオ
盗難
保険契約の締結状況(受動的か、能動的か)
保険契約から保険事故までの期間
盗難の客観的状況(キーの本数と保管状況と紛失の有無、イモビライザーや警報装置の有無、盗取の難易(自走かレッカーか、時刻場所など人目のつきやすさ)、発見時の状況。なお外車の場合は車両価格に要注意)
盗難と矛盾する行動の有無(被害届の提出時期、調査への協力)
保険事故への動機(経済苦など)
供述の合理性(変遷があるとかなり信用性↓)

4.動産盗難
保険契約の締結状況(受動的か、能動的か)
保険契約から保険事故までの期間
盗難の客観的状況(監視カメラの映像、盗難物品の購入価格、盗難の難易などの現場状況、高価品の場合の盗難予防策の有無)
盗難と矛盾する行動の有無(被害届の提出時期、調査への協力)
保険事故への動機(経済苦など)
供述の合理性(変遷があるとかなり信用性↓)

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